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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
63/171

再会の白亜城 11

「アルテイユ騎士団長シグルス殿か。」

 すっと自然に、まるで私を庇う様に、フォリアは私の斜め前に立つ。

 ラルシュに向かって話していた時の声より、数段硬い声。

 それは間違っても救出保護のお礼をいうような声ではなくて、思わず目の前に立つ男の顔を見つめる。

 フォリア?

 部屋の温度が一度も二度も下がったような雰囲気に、ただ息を飲むしかない。


 こうして一つの部屋で騎士団長のシグルスと並んでいると、長身のフォリアも幾分小さく感じることに気がつく。

 けれど、フォリアの鞭の様なしなやかさ、流れるような身のこなしはシグルスには無いものだ。

 何より、シグルスが全てを凍りつかせるような冷静な瞳をしているのに対して、フォリアの瞳にあるのは黒く青い炎。自己も他者も焼き尽くすような、全てを飲み込むその色。

 それは騎士団という群れを率いて戦う事を生業としている男と、己が一人生きていく男との明確な相違点かもしれなかった。

 

 そんな私の前で、フォリアは皮肉気に目の前の男に問うた。

「シグルス殿。貴殿が出てきたと言う事は、やはりアーラに嫌疑をかけておいでか。」

 けんぎ?

 その物騒な単語に、思わず瞠目する。

 王族に近しいシルヴィアに不正に取り入った怪しい人間。――そういった意味ならば、先程の会議で疑いが晴れたんじゃないの?

 その疑問を口にしようと、フォリアとシグルスの顔を交互に見るけれど、あまりに二人の硬い表情に、喉から言葉が出てこない。

「部外者の前ではこれ以上、話すことは出来ない。―それはウィンス卿もご存知と思われるが。」

 シグルスの相変わらずの、冷静な声。

 けれども、そんな発言に違和感を感じる。


 何だろう。

 まるで部外者と言う単語が、フォリアじゃなくて私にかかっていたような、そんな違和感。

 けれども勿論、そんなはずは無い。

 だってシルヴィアを謀った人間としての嫌疑ならば、部外者はフォリアのはずだしね。

 そう胸の内で繰り返しても、いっかな晴れない違和感に、首をかしげるしかない。


 そんな一人混乱する私の耳に、沈黙を守っていたフォリアの、搾り出すような声が聞こえた。

「此度の事、貴殿は職務を充分全うされたと分かった上で、あえて聞く。……部外者と言うなら、一歩間違えれば命を失う程の怪我を、何故させた。」

 低い、低い声。

 すうっと細められた群青の瞳と、顔にかかるその夜色の髪が、まるで黒豹が獲物を獲物に狙いを定めたように見えた。

 対するシグルスのアイスブルーの瞳は、いつも同じように無表情に近い冷静さを保っていたけれども、一瞬、ほんの少しだけ寄せられた眉が、彼の気持ちを如実に表している。

 穏やかとは決していえない雰囲気の中、二人の間に見えない火花が散った。

 

 お互い動かず、どれだけ時間が過ぎたのか。

 そんな二人の、見えない戦いを遮ったのは、一際高い杖の音。

「いい加減にせい!国の事も政治もわしゃ知らん。 じゃが、これ以上、患者の容態を悪くするつもりなら、わしにも考えがあるぞ。」

 その一言で、凍り付いていた部屋の空気が霧散する。

 老人特有のざらついた手が、フォリアの後ろで立ち尽くす私を、問答無用とばかりに手をひっぱり、無理矢理椅子に座らせた。

 杖を使って、シグルスに「白湯!……駆け足!」と怒鳴ると、少し怖い顔をして私に向き直る。

「アーラ。お前さんもお前さんじゃ。そこまで辛いなら、何故言わない。」

 え。

 ベールを上げて顔を覗き込まれる。

「手が震えておった。…熱が上がってきて、悪寒が激しくなってきたんじゃろ。目の潤みも酷い。」

 シルヴィアの病室から貰ってきたのか、いつの間にか戻ってきたシグルスに、ほんの少しだけ湯気を立たせた白湯を目の前に差し出された。

「……すまない。無理をさせた。」

 聞こえるか、聞こえないかの小さな謝罪の声。

 ちょっと吃驚して、首を振る。

 別に彼らのせいで具合が悪くなったわけじゃない。

 体調不良を黙ってたのは、我慢していたからでは無く、自覚していなかったからだ。

 二対の心配そうな瞳に見下ろされて居心地が悪いけれど、一触即発状態は脱したみたい。

 ありがたく白湯を飲みながら、その事に小さく安堵する。

 はっきり言って、平和ボケした日本生まれの私からすれば、帯剣した二人の人間が穏やかならぬ雰囲気で睨み合ってるだけで、正直、怖い。

 もちろん、いきなり二人が抜刀するとは思ってないよ。

 けど、本当の意味で暴力に晒された事の無い私には、この世界のこう言った部分も含めて異邦人だと感じたりもする。


「ウィンス卿」

 先程よりは余程穏やかな声で、シグルスはフォリアに向き合う。

「……一度は見失い、アーラ嬢の御身を危険に晒した事は、確か。弁明は致しますまい。」

「既に彼女の嫌疑は、晴れたのか。」

 フォリアの問いに、シグルスは諦めたように、小さくため息をつく。

「貴殿が身元保証をされただけでなく、今回の一件でシルヴァンティエ殿が本当に塔から出ていなかった事、アーラ嬢が魔術師では無かった事の裏が取れました。また先程、仮面の裏の後見人申し立てが、ご本人自ら作り上げたものと老魔術師ロワン殿によって証明。――疑わしき点は数あれど、程なくして、アーラ嬢の第一級容疑者としての嫌疑は解けるかと。」

「第、一級……容疑?」

 一体何の。

 確かに熱が上がってきたのか、上手く頭が回らない。


「年齢だけでなく、かの国の名に動揺した事、我々から逃げ出した事。更には性別を偽り、体幹部に見受けられる真新しい治療魔術の跡。……あまりにも都合の良すぎる記憶喪失も含めて、彼女は余りにも疑わしかった。」

 淡々と説明するシグルス。

 対するフォリアの表情は、苦い。

 それは言い掛かりをつけられたという顔じゃなくて、不都合な真実を突きつけられ、認めるしかないと言うような、そんな複雑な顔に見える。


「…どういう事……ですか?私は、一体……」

 テッラ人とばれた訳じゃない。シルヴィアを謀った人間と思われているわけでも無い。

 それでも、何かで疑われていた。

 それは、何。

 呆然とする私を、ついにアイスブルーの瞳が私を捉える。


「アーラ。貴女はクリストファレスの国家スパイとして、第一級容疑で疑われる立場にあった。」

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