再会の白亜城 9
シルヴィアの養女!?
正式に後見人として名乗りを上げたとは聞いていた。
けれどもそれが、仮面の裏に記したものであったことと、養女と言うことまで含みがあったとは、初めて聞く事だ。
公爵家を出奔したシルヴィアの養女になるという事は、王族に近しい身分を持つ女性の養女になるということなのか、それとも、うなるほどの財産を持つ天才技師の養女になるということなのか。
どちらだとしても、あまりの事に二の句が告げない。
――そろそろお偉方を抑えておくのも限界だ
不意にシグルスの発言を思い出す。
今ならば分かる。
無理矢理にでも、それこそ力づくでも良いからシルヴィアを王都に連れてくるようにと命令したのは、ファンデール王国、現国王なのだろう。
国議貴族院だの、一介の騎士団長であるシグルスの独断ではない。シルヴィアの身分はあまりにも高すぎて、通常の人間の手には余る。
国王陛下が何としても戦渦に巻き込んではならないと、シルヴィアを王宮へ連れ戻したと考えるならば、今やシルヴィアは世間に忘れられた盲目姫では無く、非現実的な我侭すら聞いてもらえる、国王のお気に入りの人間だ。
けれども、そんな彼らにも、シルヴィアが倒れた事は不可抗力だったはず。
そんな中、よりにもよって本人の意識が無いうちに、こちらの法に法った正式な後見人申し立ての文章が出て来たら?
そりゃぁ、穏やかでいられる筈が無いさ。
シルヴィアは意識不明、問題の少女は記憶喪失で重症。
さぞや、会議は荒れたことだろう。
そこまで考えれば、シルヴィアが最悪の状態を脱するまで灰色狼が時間を稼いでくれた事が、どんなに難しく、そして元王宮医師のラルシュにこの場で証言させてくれた事が意味のあった事かを感じて、ぶるりと背中をふるわせる。
――気が強く、こちらをガチガチに警戒しながら見ていると思えば、あまりにも無防備な姿をさらす。
あぁ。本当に。
私はこちらの常識も、ましてや王宮の事情なんても良く分かるはずもない。
そんな私が、無い知恵絞ってガチガチに警戒しても、結局子どもの浅知恵レベルだ。
無力な事この上ない。
そんな私の葛藤をよそに、老ロワンの言葉は続く。
「何よりも、もしこの場でアーラ嬢の身元引受人として、他家が名乗りを上げられますれば、ユーン公爵家の方々も黙ってはおりますまい。
幸いこちらのフォリア・ネル・ウィンス殿は、ウィンス家長男でありながらも、ユーン公爵と血縁関係にもあります。アーラ嬢とも面識があるようですし、身元引受人として、一番無難ではありませんでしょうかな。」
ふとその言葉に、この場にユーン公爵がいない事を知る。
だれよりもこの場にいなくてはならない貴族の一人じゃないの?
大公爵が国議貴族院の一員じゃないなんてありえるのかな。
不思議に思えば、さわさわと囁く男達からは、ユーン公爵家が身元引受人になるのは避けたい様子が見て取れる。
「ロワン魔術師のいう事にも、一理あると思われます。フォリア殿のご意見をお聞かせ願いたい。」
進行役をいつまでも老紳士に明け渡してはおけないとの風情で、すこし偉そうに、進行役の男が鐘を鳴らす。それと共に、国議貴族院全員の視線が、私の横に立つ男に向けられた。
「養女か。」
そんな周囲を気にする様子も無く、人の悪い表情を浮かべたまま、絶句している私の髪をひと房、その長い指に絡めた。
「確かに、姉シルヴァンティエがアーラ嬢を正式に養女に向かえたいと真実願い出れば、陛下は承諾下さるに違いない。そしてその位には、この少女を気に入っているのも確かだ。」
ちょっ!フォリア?!
物騒すぎる発言をした相手を瞠目する。
「とは言え、シルヴァンティエは誰よりも王都を嫌っている。公爵家から出奔までした彼女の本意は、少女と静かに暮らす事。意識が戻った際に、アーラ嬢が見知らぬ誰かの世話になり、――ましてや婚約まで整っていた場合。それは勿論、正式な後見すら拒絶しえる。他者の手垢と思惑のついた少女を内に囲うとは思えまい…。それ位なら、気に入りの小鳥の一匹、空へ自由に戻すことを選ばれるだろう。」
な……ん、だって!?
つまりは何。
小娘一人自分が抱き込んでしまえば、膨大な資産――それが、国王の関心なのか、筆頭公爵家の資産なのか、天才技師の技術や資産なのかは分からない――が、難なく手に入ると、そういう思惑での、見えない火花だったの?
「そして後に残るのは、気に入りの少女を手放す事になった事実のみ。 そもそもシルヴァンティエの機嫌を取りたいのであれば、無駄にかかわらない事。……身内ですら、畢竟これに尽きる。」
身内、との言葉に含まれた意味を吟味する男達から、一つの質問が上がる。
「つまりはフォリア殿がアーラ嬢の身元引受人となるのは、飽くまでシルヴァンティエ様の意識が戻られるまで。内に囲い込むつもりも、その権利をユーン公爵家に譲られる事は無いと申されるか。」
その問いに、ふ。と皮肉気な笑みを浮かべ、するりと髪から放された指が、私の手を掬い取る。
唖然としたままの私の指先に、ひざまずいた男の唇が軽くかすめる。
「俺はまだ、大姉シルヴァンティエの機嫌を損ねるつもりは無い。――例えアーラ嬢がどれだけ俺にとって魅力的でも、な。」