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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
59/171

再会の白亜城 7

「ほ、この王宮も久しぶりじゃの。さて、手早く済ますとしよう。

――患者の容態、主に記憶喪失については、不慮の事故による頭部外傷に起因する。日常生活に差しさわりの無い程度の、言語障害と記憶障害が見られるの。肉体的な外傷については、全治3週間ほど。また詐病の可能性は無いと言って良いじゃろ。」

 いつもの様に不機嫌そうに話すラルシュの最後の一言に、正面に座る男の一人が問うた。

「ラルシュ殿は何をもってして、詐病の可能性はありえないと判断しえたのか。そして、それの証拠を示して頂きたい。」

 以前見た貧弱そうなコッドフィールとは違って、明らかに上位貴族とおぼしき人間の炯炯とした目が、私に向けられる。

 口元がにこやかに笑っている分、その差異にぞっとした。

「それは医者の領分じゃの。わしの診断が信用出来ないのであれば、この老いぼれをわざわざ王宮まで呼び出すでない。」

 杖の叩く強い音。先程もよりも一段不機嫌そうな声に、場がざわついた。

 そもそも記憶喪失の証明なんて、出来るわけが無いじゃない。

 正面から見えないように小さく俯き、珊瑚色に塗られた唇を小さくかみ締める。

 水掛け論になりそうな状況に、進み出た進行役の鐘の音が、また一つ鳴らされた。


「元王宮付医師ラルシュ殿のご高名は、この場の皆も重々承知の事。しかし会議を進めるため、一つ二つで構いません。何か実例を挙げて頂けませんでしょうか。…勿論、これはラルシュ殿の診断結果を疑う物で無く、飽くまで進行上の理由からです。」

 進行役の男が、涼しげな顔をしながらも、熱心にラルシュの機嫌を取る。

 思ったよりもラルシュは医師として、高い実績を持つらしい。

 暫くは、だんまりを決め込んでいたラルシュが、不承不承といった感じで答え始めた。


「ふん。…そうさの。まずはこの少女は、金貨やコイン、貨幣の記憶がきちんとあった。銀貨が何枚で金貨になるのか。銅貨が何枚で銀貨になるのか等、正確に覚えておる。――が、物価については記憶が無いに等しい。金貨で何が購えるのか、紙幣では何が買えるのかが殆ど分かっておらん。

 ……人間とは罪なものでの。他は忘れても金銭の記憶と言うのは、残っていることが多い。――この絶妙な加減。これがまず第一段階じゃ。」

 エルザと行った記憶の整理で、コインや紙幣を見せられた時があったのを思い出す。

 熱心に貨幣や物価の記憶を聞いていたのは、この為だったのか。

 妙に腑に落ちると共に、自分が守銭奴みたいで、気持ちちょっと項垂れる。


「そうは言っても、この事実を知っているならば偽証は可能じゃの。そこで第二に、変色した銀の器に飲料を注ぎ、内外を磨き上げた。…すると、どうなるかの。」

 え。

 あまりに突拍子過ぎて、話に一瞬ついていけない。

「銀を黒に変える飲料を、彼女は無邪気に飲み干した。この場にいる人間で、同じ事が出来る人間がおるかの。…少なくとも、記憶喪失を詐称する後ろ暗い人間には、毒入りに見立てた飲料を、一気に飲み干す事は出来ん。」

 毒入り飲料!

 全く気がつかなかった。毒入りに見立てた飲み物を出された事があったの?

 ぽかんと聞いていた私の胸に、驚きが広がる。

 そんな事を試されていた記憶なんて無いと思えば、不意にエルザの顔が浮かんだ。

 ――これ、頂き物のハーブティなんです。アーラ様がもしお嫌いじゃなければ。

 あのエルザのお薦めの、白桃の香りの赤いハーブティ。

 あれを飲むとき、私は何て言った?

 確か、温かい飲み物なのに、銀食器で出てくるなんてお洒落と言わなかっただろうか。

 そうだ、しかもカップの内側、丁度お茶の入っていた部分だけ色がついていて、カップの内側の模様を浮き上がらせてた。

 それがとても綺麗だねと言って、飲み干した時の、エルザの申し訳なさそうな、ほっとした顔。

 そして二回目にケーキと共に出てきた同じお茶は、普通の白い陶磁器のカップ。

 次々と思い出される情景に、盗み見た診断書に書かれていたラルシュの文字が混じる。

――また依頼の詐病の確認においては、ありえないと断言……。

 依頼の詐病の確認。そう。つまりは依頼をした人間がいるという事だ。


 エルザとラルシュ、両方に依頼が出来る立場、そしてこの用意周到さ。

 そう考えれば、答えは自ずと決まっている。

 一瞬脳裏に浮かんだ灰色狼は、相変わらずの無表情。

 けれど、試された事に対する怒りは不思議と湧かなかった。

 今でも彼のことは苦手だ。

 けれども、エルザの同行、ラルシュの証言。それを揃えたのもまた彼だ。

 彼が張り巡らせた見えない糸は確かに私を追い詰めるけれど、同じように救いもする。

 少なくとも今、証言能力の高いラルシュに、私の記憶喪失が偽証ではないと証言してもらっている事は、私が思っている以上に私を助けてくれていた。


「他にも数点の確認を持って、詐病の可能性は低いと診断。詳細はここに記載しておる。…これで良いかの。わしからの説明は以上じゃ。」

 ざわつく人間を黙らせるように、地面を杖で叩く音が一つ。

 下級官僚とおぼしき人間が、証言を終えたラルシュから手渡されたであろう、見覚えのある紙を、進行役の緋色のローブの男に手渡した。

 その紙を読むために、男は国議貴族院の代表者が座る長机から、少し離れた台に鐘を乗せる。

 何とは無しにその動きを目で追えば、その机の上、ぽつんと置かれた塊が目に入った。

 きらりと光ったその塊。

 額の中央には紫の宝玉。そしてそれを取り囲む精緻な白螺鈿の細工。閉ざされている瞳。

 その、白い仮面。

 その意味を考えるとほぼ同時に、言葉が口から転がり落ちていた。


「シル…ヴァンティエ様は、ご無事なのですか?」


 呆然としながら口にした言葉が、ゆっくりと自分の体に浸み込むように、とけて消える。

 ――シルヴァンティエ様がこの場にお越しになれない以上

 ガンガンと痛む脳裏に、シグルスの声が浮かぶ。 

 一度は押さえ込んだ不安が、今度こそ私を守る殻に駆け上り、音を立てながら無数のひびを走らせる。

 それは留まる事を知らず、ついには私の上に、粉々の破片となって降り注いだ。

 今、彼女は、どこ。

 思わず立ち上がろうとした私の肩に、阻止するように誰かの強い手がのる。

「――差出口をお許し下さい。これが何故。……何故、そこにあるのですか。」

 置かれた手のせいで、肩の傷を圧迫するけれど、その痛みすら気にならない。後ろも振り返らず、身を乗り出すようにして、言葉を搾り出した。

「教えて下さい!」

 そんな私の様子に、進行役の男は眉を寄せ、二度、三度と鐘を鳴らす。

「落ち着きなさい。」

 強くなる男達のざわめきすら、あまりに煩い心臓の音に紛れて、私に平常心を取り戻させない。

 怒りで目の前が赤くなり、冷静な判断が出来なくなる。

「御自分から、その仮面を外すとは思えません。本当に、本当にご無事なのですか。」

 シルヴィアと呼ばない事。

 ラルシュの真摯な忠告と、冷静にならなければと思う残滓が、辛うじて怒鳴る事を自制しているけれど、怒りそのものを自制するまでには至らない。

 強すぎる怒りは、溶岩の様などろどろとした固まりとなって、私を焼き尽くす。

 更に身を乗り出して、言葉を紡ごうとした私を、更に強い力が椅子に押さえつけた。


「シルヴァンティエ・アルザス・ユーンは現在、王室の治療御所で最高峰の治療を受けている。」


 後ろから聞こえた声に、冷水をかけられた様にざぁっと熱が引く。腕に、背中に鳥肌が立った。

 今。何て。

 何て言ったの。

「まだ意識は戻らないとは言え、最悪の状況は脱した。……時間は掛かるかもしれないが、暫くすれば意識も戻るだろう」

 押さえつけられた体から、ゆっくり力が抜ける。

 思わず目頭が熱くなり、慌てて俯いた足元がうっすらと揺らいだ。


 置かれた手が軽く肩を叩く。 

 肩の傷を避けて、労わるようなその仕草。

 そして何よりも、この声。


「遅くなった。フォリア・ネル・ウィンス。大姉シルヴァンティエに代わり、この少女アーラの身元保障と身元引き受けをさせて頂く。」

ようやく、再登場!

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