再会の白亜城 6
「アルテイユ騎士団シグルス・フォンフト。シルヴァンティエ殿が後見に名乗りを上げられている、アーラ嬢をお連れしました。」
シグルスの声と共に、ゆっくりと深く下げていた頭を上げる。
ここはファンデール王国城内の一画。緋の間と呼ばれる、質疑応答をするのに適した会議用の部屋。
高く空間を取った天井に、繊細なシャンデリア。淡いクリーム色の壁紙の上に、細かい木彫細工の板張り装飾がなされ、かっちりとした硬質な空気を品良く和らげている。
部屋の中央には背凭れの高い、年代を思わせる木の椅子がひとつ、ぽつんと置かれ、後方には飴色の長椅子が前後に並ぶ。
ベール越しに見た正面には、緩やかな弧をかいた長机が左右に二つ。
やんわりと私を取り囲むように置かれたそれには、国議貴族院を代表した、何らかの権力者達が座っている。
こちらの様子を伺う男達の、年齢、服装、その表情は多種多様。
けれども決して穏やかなものだけでは無いことは確かだ。
有り体に言えば、ここは一種の法廷であり、被疑者は私だ。
人間、度が過ぎる緊張にさらされると、自己防衛本能が働くらしい。
それともベール一枚の結界のお陰なのかな。
まるで世界が、磨りガラスの向こうの世界の様に感じる。
言い換えれば、ある種、現実感が無いとも言えるかも知れない。
至極冷静な自分が、もう一人の自分が見下ろす。そんな不思議な感覚すらしていた。
千差万別の視線を受けながら、用意された中央の椅子に座る。
それと同時に、一際細い、進行役とおぼしき男性が手にした鐘を一度鳴らし、シグルスに問うた。
「御苦労。それでは審議を再開するにあたって、アルテイユ騎士団長シグルス。この少女が、シルヴァンティエ様が後見に名乗りを上げられている少女、アーラである事を騎士団の紋章にかけて、誓えますか。」
緋の間と言うだけあって、進行役が身にまとう緋色の長着には何か意味があるのだろう。
そう思ってみれば、部屋のあちこちに掛かっているタペストリーも、みな同じ緋色だ。
けれども、縁に金の刺繍がなされた豪華なそれらも、今の私には血の色にすら見えた。
「私がアルテイユ騎士団長の名にかけて誓えるのは、この少女がシルヴァンティエ様と一緒に館に居住していた事、そして不慮の事故に遭った事のみ。それ以外を明証するものではありません。」
「ふむ。つまりはこの少女が、アーラ嬢では無いとでも。」
進行役の声に、ざわりと会場が揺れる。
後ろに控えているシグルスの顔を見ることは出来ないけれど、あの、いつもの殆ど表情を見せない顔をしている事だけは、容易に想像が出来る。
「可能性を申し上げているだけです。」
案の定、冷静な声。
もしここでアーラじゃないと証明されたら、無罪放免になるのだろうかと、そんな甘い考えが脳裏に浮かんで消える。
でも希望は希望だ。
下手をすれば、王族にも等しい人間を謀った犯罪人にされても困る。
取りあえず、今優先すべきはシルヴィアとの合流。それさえ出来れば、また新たな戦略も考えられるだろうし、彼女が何故こんな事を言い出したかの真意も分かるはず。
けれども。
私のそんな考えを一蹴する様に、シグルスの良く通る声が、部屋に響く。
「シルヴァンティエ様がこの場にお越しになれない以上、この少女がアーラ嬢であると言う、明言は避けさせて頂きます。」
―― シルヴィアが、来れない?
こんな大事になっているのに、当の本人が来ないなんて事はあるのだろうか。
何だか途方も無く、嫌な気分だ。
どこか人事の様に感じていた、私を守る見えない結界に、ぱりんとひびが入る。
身分のせい?それとも何か原因があるの?
どんどん連鎖する小さな不安を押さえつけようとしても、完全には押さえ込めない。
動揺はぴきぴきと、私を守る結界に無数の亀裂を走らせる。
今、彼女はどうしているの?
そんな中、進行役の男が一つ鐘を鳴らした。
「少女、汝に問う。そなたの名前は。」
「…アーラと申します。」
女性言葉で必要最小限のことを答えると、また小さく、ざわりと会場が揺れた。
「しかし記憶を無くしているそうではないか。その状態での信憑性は如何なるものか。」
「随分と御しやすそうな小娘だの。」
「下の名前は覚えていないのか。それとも、そんなものは無いほどの下賎な出なのでは。」
「とは言え、扱いを間違えれば、厄介な事にもなりかねませんよ。」
「いやはや、困った事をしでかして下さった。」
ひそやかに聞こえる声は、意味不明なものもあれど、その殆どが想定範囲内だ。
「そもそも、本当に記憶が無いのか。この少女がアーラ嬢なのか」
先程鐘を鳴らした男が、もう一度鐘を鳴らす。
「その皆様の疑問を晴らす為、元王宮付医師、ラルシュ・フラスグーンにご足労願いました。」
聞き覚えのある名前に、一度強く目をつぶる。
シルヴィアの事よりも、今、私がこの局面を乗り切らなくては。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、ラルシュの立ち上がる音と共に目を開けた。