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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
57/171

再会の白亜城 5

 水面の光を受けた、石造りの橋を幾つも越える。

 防衛上の構造なのか、街を広げていった名残なのか。昨夜は気がつかなかった、街の中に同心円状に広がる分厚い城壁。そしてその中心から放射状に広がる運河。

 そう。ファンデール王国の王都は、城塞都市でもあり、何よりも運河の街だ。


「ふむ。何か見覚えのある場所はあるかの?」

 流れる景色を夢中で目を追う私に、静かに声が掛かった。

「いいえ。けれども綺麗な街ですね。」

 ネオンも電信柱も無い、澄んだ空気と整備された石畳の道。

 向かう先に目をやれば、小高い丘の上に堅固な城壁に守られた、どっしりとした王城が目に入る。 

 あまり建築様式とかには詳しくないけれど、遠目から見ると、殆ど白一色のすっきりとした石造りの城は、男性的でもあり、潔い。

 何とは無しに、鉛筆を寄せ集めたような塔を複数持つ、シンデレラ城のような優美な王城を思い描いていたのは、私の想像力の無さが成せる業だったらしい。

 ヴェルサイユ宮殿の様な、装飾華美な王城よりは、ずっと好みに合う。

 街にかけられた数々の橋は、その王城が映えるように、同じ白い石造りで、馬車から見える景色は一枚の絵画のようだった。

 けれども、含むところが無ければ美しいと思うその姿も、シルヴィアが捕らえられていると思えば、豪華な牢屋にしか見えない。

 今はどうしているのだろうか。

 宝玉の仮面と魔術師のローブをつけ、凛とした立ち姿のシルヴィアでは無く、間延びした口調で意地汚くデザートの皿をつつきまわす、あのシルヴィアに会いたいと心底思った。


「アーラ。お前さんはシルヴァンティエ様の所から来たらしいの。」

 コツンと杖で床を叩く音がして、夢中に見ていた窓から目を離す。

 向かいに座るラルシュに目をやれば、いつに無く真剣な顔でこちらを見つめる姿があった。

「はい。シルヴィアをご存知なんですか?」

「わしが知っているのは、子供の頃のシルヴァンティエ様のみじゃ。」

 皺だらけの顔が、何か苦いものに耐えるような顔に歪んだ。

「仮にもあんな小さな子供が苦しんでいるのを、助けられんかった。……医師とは無力なものじゃの。今でも苦い記憶じゃて。」

 その冷たい声色に、ラルシュは医師としてシルヴィアと対面した事があると確信する。

「シルヴィアが光を失ったきっかけを、先生はご存知なんですか?」

 シグルスにはついに聞かなかった質問を、ラルシュに問う。

 本人にすら聞けなかった問いを、他の人に聞く事に抵抗があった。

 けれども、それを知ることで、シルヴィアを望まない現状から救う手立てがあるならば、聞いておきたいと、初めて思う。

「まずは、それを注意しておきたい。アーラ。…よいか。シルヴァンティエ様をシルヴィアと呼んではならん。」

「え?」

「シルヴァンティエ様を愛称で呼ぶ事は、お前さんの身分が分からん以上、不敬にあたる。また今回の話で、初めてわしも天才技師のシルヴィアがシルヴァンティエ様である事を知った。 今から行く王宮で、シルヴィアと呼ぶ事は自分の立場を不利にする事だと念頭に置くべきじゃの。」

 不敬。

 今まで聴いた事の無い単語が、ぞくりと背中を振るわせる。

「今回お前さんが呼ばれたのは、シルヴァンティエ様と言う、尊いお方が後見人になるという事を国議貴族院が精査する為じゃ。 国議貴族院とて、シルヴァンティエ様が天才技師と知る者は少ないはず。ならば、わざわざ自ら火中に飛び込むこたぁ無い。」

 そう、だったのか。

 確かに何度も従兄妹姫と、天才技師が同一人物と知る者は少ないと言われていた。

 けれども、私を最初に王都に連れて行こうとしたのはシルヴィアの助手としてだ。

 それが情報漏洩防止の為なのか、身の回りや話し相手をさせる為だったのかは、今となっては分からない。

 しかし今、私が王宮に向かっている理由。それは従兄妹姫シルヴァンティエが後見に名乗りを上げたから。

 国議貴族院の関心の目も、そこにある。

 そこをはっきりと分けて考えないと、自分の立ち位置が危ない。

 テッラ人とばれないように、ひいては、レジデ達に迷惑が掛からないようにと、そんな単純な考えだけでは、あっという間に矛盾が出そうだ。

 思わず血の気を失った状態で、まじまじと隣に座る老医師を見つめる。

「何故、その忠告をして下さったんですか。」

 エルザに限らず、ラルシュからも感じた好意。

 それは時に、患者と医師としてのもの以上に感じることもあった。

 いぶかしげに思う私の前で、苦い顔をしたラルシュが杖を何度も握りなおす。


「お前さんが、自分の仕えていた人間の身分を知らなかった事は、端々から見て取れる。だが、お前さんは、それを知ってからも同じ様にシルヴィアと呼び続ける。

 その姿にシルヴァンティエ様への嘘偽り無い、情愛の様なものも感じ取れた。」

 視線の先、王城を見ゆる。

「――王都とは魑魅魍魎が住む所じゃて。王宮に長く住んでいたわしは、誰よりも良く知っておる。……シルヴァンティエ様が名前を変えたのであれば、身分を隠したかったのであろう。けれども、そうして選んだ名前が、シルヴィア。

 尊いお方ゆえ、殆ど誰も呼ぶ事の出来ない、シルヴァンティエ様の愛称。

 貴族社会から見捨てられて、その呼び名を自ら選んだその気持ちを考えれば、自分の無力さに情けなくもなる。」


 医師とは無力なものじゃ。


 小柄な老医師がもう一度そう呟いた声は、青空にとけて消えた。

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