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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
56/171

再会の白亜城 4

 シグルスに付き添われて、館の玄関に向かう。

 何だか少し、賑やかしい?

 昨夜から出立が決まってた割には騒がしい玄関ホールを覗き込むと、そこには着いたばかりの小振りの馬車と、一人の小さな先客の姿があった。


「ラルシュ先生?」

 どうして、ここに。

 思わず近くに寄ってから、普段と雰囲気の違うその姿をしげしげと見つめる。

 いつもの簡素な服では無く、紫がかった黒い上質な長着に揃いの外套。

 持つ杖さえも、細かく木彫り細工を施された、黒檀を磨き上げたような物だ。必ず持っている、ボロボロの医療バッグの姿は無い。

 年を重ねたものだけが持つ、貫禄と落ち着き。

 その姿は、いつもの「下町のお医者さん」といった風情とは程遠い。


「ほ。また随分と雰囲気が変わるもんじゃの。」

 そんな中、いつもより更に不機嫌そうな皺だらけの顔が、私を認め、くしゃりと笑う。

 こつこつと近づいてきて、ひょいと手首を取られた。

 メイド頭さんの不穏な空気も何のその。ベールを上げて、下まぶたをめくったり、軽く口を開けさせて、玄関前で簡易診察をする。

「ふむ。脈も正常か。この体での移動は疲れたじゃろう。」

 威厳すら感じさせるその姿に、一瞬戸惑いはしたものの、身に染み付いた生薬の臭いや、いつもと同じラルシュの診察の様子に、思わず笑ってしまう。

「いえ、エルザが色々気を使ってくれましたので。」

 ラルシュと共に後ろを振り返れば、シグルスの傍に控えていたエルザが、春の日差しの様にふんわりと笑った。


「ほんに、良く出来た妹じゃのう。シグ坊とは大違いじゃ。」

 すかさずベールの位置を直したり、化粧や髪の位置をチェックするメイドさん達の合間から見れば、どことなく憮然とした顔のシグルスが見える。

「何度も言いますが、シグ坊はお止め下さい。」

「殻付きのひよっ子が、なぁにを粋がっておる。安心せい。王宮では呼ばんよ。」

「…ならば、良いのですが。」

 う~ん流石。ラルシュの手に掛かれば、灰色狼も型無しだ。

「もしかして、ラルシュ先生も王宮に行って下さるのですか?」

 その姿から薄々気付いていたけれども、わざわざその為に王都まで来てくれたのだろうか。

「主治医として、見捨てては置けんじゃろ。何とか時間に間に合ったわい。そうは言っても二日がかりの移動は、流石に老体には堪えるの。」

 首を伸ばすように、左右にかしげる。

 早朝に出発した私達の後を追うように、出立してくれたらしい。

 こちらの世界の移動は、元の世界と比べるべくも無い不自由なもので、老体には厳しいかったろう。

 それにも拘らず、見知らぬ一人の人間の為に来てくれた。その事に、深く頭が下がる思いだ。

「ありがとうございます。」

 一言に万感の思いを含めて頭を下げれば、ちょっと悪戯がかった笑いを返された。

「礼ならシグ坊に言うんじゃの。国議貴族院の煩い面々に捻じ込んだのは、一苦労じゃったろ。」

 そうだったのか。

 意外に思ってシグルスを見上げれば、

「関係ない。元王宮医師の客観的証言があれば、会議が荒れず進捗が早いと思ったまでの事。」

 無表情に言い捨てられる。

 あ~と、コレは何か?

 礼には及ばないと言っていると解釈して良いのか、会議が長引くと迷惑だと言われているのか微妙な線なんですが。

 解釈に困っている私の横で、ラルシュが杖で地面をコツコツと叩いた。


「さて、時間もあるじゃろ。残りは馬車の中で話とするかの。」

 頷くシグルスの後ろから、エルザが進み出る。

「アーラ様。どうぞお体をお大事になさって下さい。またお会いできると信じております。」

「本当に色々お世話になりました。……エルザも頑張ってね。」

 軽くハグをして、いつでも訪ねて来て下さいねと、名残を惜しむエルザと別れる。

 エルザには沢山、色々なものを貰った。

 献身的な看病、気持ちを明るくするための笑顔、友達と話しているかの様な安らぎ。

 立場的には難しくても、このまま夢を突き通して欲しい。彼女なら、きっと良い看護師になれるだろう。



 玄関前に着けられていた、立派な二頭立ての馬車にラルシュと二人、乗り込む。

 窓から見えるのは、雲ひとつ無い広い青空。

 不安から来る少しの緊張と、もはや逃げも隠れも出来ない諦めと開き直り。

 ぱりんと割れそうな澄んだ空と、頬に触れるキンと冷えた空気が、まるで今の自分のようだ。

 ガタンと音を立て、ゆっくりと動き出した馬車にシグルスを始めとした、騎士団の人間が騎乗したまま付き従う。

 いよいよ出立だ。


「窓を開けていたいなら、ベールは決して上げるな。」

 明るい日差しの中、同じ色の屋根が並んだ中世ヨーロッパを思わせるような町並みを静かに馬車は進む。

 馬を寄せてきたシグルスに頷いてから、馬車の窓から外の景色を眺めれば、王都には静かに春がほころび溢れていた。

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