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世界のカケラ  作者: viseo
王宮編
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再会の白亜城 3

 馬車が王都の屋敷に着いたのは、夜の帳が下りる頃だったけれども、思ったよりもあっという間に時間が過ぎたのは、本当にエルザのお陰だろう。

 傷が響かないように馬車の内装を変えてくれただけでなく、揺れる道では速度を調整したり、随所随所で細やかに気を使ってくれた。

 一人で何の情報も無く、騎士団の人間に見張られながらの移動だったらば、王都に来るまで、心身共々疲労していただろう事は、想像に難くない。

 だって、いつ着くのか、その先どうなるのかの情報を一切与えられてない状態で、一日馬車に座らされるのは、一種の拷問に近いですよ?

 更には、屋敷には私の寝室が快適に整えられてあって、移動の疲れの残る体を直ぐに休められた。

 そう考えれば、こればかりは、エルザを同行させてくれたシグルスに感謝しなくてはいけない。


 そう思っていても、本人にそれを伝えられるかと言うのは別の話だったりもするわけで。


「起きたか。」

 男の寝室で気を抜くなと脅迫した男と、朝もはよから対面する。

 ちなみにここは、私にあてがわれた寝室で寝台の上。

 どちらかと言うと「起きたか」では無く「起こしたか」が正解だと思う。

 シグルスを見れば、初めて見たときと同じ、かっちりとした騎士服にブーツ。

 マントと長剣を下げていないとは言え、対してこちらは寝巻き姿だ。


 身を起こそうとすれば、すかさずメイドさんが近寄って肩にガウンをかけてくれる。

 こちらを見下ろすシグルスの後ろでは、他のメイドさん達が朝日が入るように窓のカーテンを開けたり、ワゴンに乗せた朝食の準備をしたりと忙しい。

 更には廊下には何故か浴槽らしきものまで見える。

 えぇと?

 少し疲れの残る寝ぼけた頭で、とりあえずは挨拶を返す。

「おはようございます。」

 無防備に寝ていた女の部屋にいきなり現れた暴君に、文句の一つも言えないのが居候の立場の弱さ。

 今日の登城が無しになったとか素敵な報告をしてくれるならば大歓迎だけれども、メイドさんたちの様子を見るにそんな事はありえないっぽい。

「顔色は悪くないようだな。」

 しげしげとこちらを見ていたシグルスに声をかけられる。

「はい。昨日はエルザに良くして貰ったので。」

 本当に良く出来た子だ。嫁に欲しい。

 カチャカチャと寝台の上で食べられるように、朝食の準備がされる。

 コーンスープの良い匂いが鼻先を掠めた。

 ぐぅ。

 そういえば、昨日は疲れて夕飯も碌に食べずに寝てしまったんだっけ。

 お腹減った。

 そんな私を見て、気が済んだらしい。

「ドレスは指定した方で。化粧はしても良いが、顔の痣は隠すな。」

 メイドさんにあれこれ指示を出して、それでは後で迎えに来ると部屋を出て行った。


「さぁさぁ。お嬢様。今日はお忙しいですわよ。」

 朝食後、何だか訳も分からない内に、メイドさん達に丸洗いされて、爪は磨かれるし、香油は塗られるし、髪にコテまで当てられる。

 病み上がりなんだから、そんなにしなくて良いってば!

 眉まで整えられた辺りで、大分げんなりする。

 それでも体のことを考えてくれたらしい。覚悟していた、あの地獄の拷問具のような下着では無く、比較的緩やかな物をつけられる。

 ドレスを着せられ、化粧を施され、最後にベールをかけられて完成だ。


「どこか気になるところは御座いますか?」

 メイドさんが用意した、白雪姫に出てきそうな巨大な鏡の前に立たされる。

 そういえば、鏡なんて久しぶりだ。

 久々に立つ鏡の中に映る姿をしげしげと覗き込む。

 オペラ歌手の様に、体を締め付けない、鈍い光沢感の濃灰色のドレス。

 ハイウエストには切り替えのラインがアクセントとして入っていて、四角く大きく開いた胸元は、むき出しにならないように柔らかいレースで全面が覆われている。

 肩口はパフスリーブの様になっていて、代わりに腕の所は、ぴったりと細身の長袖だ。

 そして胸元のレースと同じふち飾りのついたベールを目元まで被っていて、そこから目に入るのは、珊瑚色に塗られた唇と細い顎、ゆるく巻かれた黒髪だ。


 ボロボロぼさぼさの私を、よくもまぁココまで誤魔化したもんだ。

 ドレスの品の良さに助けられているとは言え、すっきりとした顎のラインなんてどんな化粧テクだ!?

 そう思いながら触ってから気がついた。

 違う。痩せたんだ。

 記憶にある、園庭で園児達と走り回っていた頃の、少し焼けた肌ではない。

 透き通るような白い肌も、どれだけ日に当たってなかったせいなのか。

 愕然としながら、鏡の自分を見つめていると、鏡の中の扉を開けて、シグルスが入って来るところだった。


「お支度、整いまして御座います。……けれども、本当に痣は隠さないで宜しいのですか?」

 メイド頭なのだろうか。明らかに一人、一番年配の女性がシグルスに申し出る。

「あぁ、構わない。」

「折角綺麗なお姿ですのに、勿体のう御座いますが。では、せめてもう少しベールを深く致しましょうか?」

 ベールで隠しきれない右頬には、痛々しい痣が見える。

 綺麗に支度して貰った分、その差異が目立っていた。

「舞踏会に出るわけではない。かえってこちらの方が彼女の為だろう。」

 その言葉に、はっとして振り返る。

 先程の騎士服に、長剣と以前よりも上等な長いマントをつけて立つ、シグルスを見つける。

 いつもよりも、わざと多く巻かれた肩口の包帯。隠さない顔の痣と、治りかけとは言え、いつもはガーゼで覆っていた、むき出しの手の怪我。

 それはまるで、記憶を無くし、怪我をしたのが嘘ではないと証明するかのようにすら見える。

 朝、細々指示していたのは、これだったのか。

 目を見開く私に、昨夜とは違った、いつもと同じ威圧感のある無表情な顔が告げる。


「そろそろ時間だ。」

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