再会の白亜城 2
ガラガラと馬車は進む。
もうどれ位、来たのだろうか。
時々行く王宮の話、王都の珍しい行商の話。殆ど聞いているだけだったけれど、エルザといると時間が進むのが苦にならない。
「兄さんの事、好きなんだねぇ。」
何度目かのシグルスの話になって、思わず、笑って突っ込んだ。
そんな私に。
「幼い頃に戦争で両親をなくした私には、兄が親代わりなんです。」
と、特に気にした風も無く、にっこりと頷きながら返される。
そうだったのか。
意外と言えば意外。納得出来ると言えば納得できるその答えに、エルザの心中を思う。
戦う事を生業としているならば、危険は避けては通れない。父親を戦争で亡くした上で、シグルスの、その職業はさぞかし心配だろう。
「じゃぁ騎士団長だなんて、心配だね。」
綺麗に編んだ、シグルスよりは少しだけ明るい色の髪を揺らしながら、小さく頷く。
「なので少しでも役に立ちたくて看護婦を目指したいんですが、それも分かってもらえなくて。最近では喧嘩ばかりですわ。」
ため息一つ。
「もしかして私の看護をしてくれていたのも。」
「はい。私から立候補したんです。」
至らない事ばかりですがと、はにかんだように笑う。
どうして領主様の妹であるエルザが包帯の巻き方や、ラルシュの医療道具に詳しいのかが、それで分かった気がした。
きっと館で寝込む人間を看病したのは、今回が初めてではないのだろう。
随分手馴れていた気がするし。
けれどもそんな献身的な看病も、彼女の中では「無理言って看病させて貰っている。」に、どうやら変換されているらしい。
何度アーラ様の様を取ってくれと言ってもやんわり拒否された事も、あまりにも献身的な看病も、そう考えれば納得がいった。
「でもそれならば、魔術師になった方が良いんじゃないの?治療魔法の方が瞬時に怪我を治せるんでしょう?」
素朴な疑問を口にした私に、エルザはきょとんとした顔になる。
そしてその後、可愛らしい小さな口が軽くすぼまれる。これはエルザが何か考えている時の癖だ。
何かどうやら、またやったらしい。
どう説明したもんかと思案顔になったのを、いつもの様に大人しく暫く待つ。
「治療魔法は確かに威力は絶大ですが、技術としては非常に高度なものになります。そもそも魔術師自体、誰でもなれるものではありませんし、子どもの頃からの鍛錬が必要ですから、私がなりたいと思ったからと言って、なれるものではありません。」
ふむふむ。
どこまで記憶があるのか判らない私に、分かりやすいように考え考え話す。
「それと治療に使われる魔法は、回復速度を速める時魔法、出血のコントロールの水魔法が中心になりますが、時魔法を使える女性はおりません。」
「他の4大魔法は男女共に使えるのに?」
「はい。詳細は分かっておりませんが、女性特有の体内時計が時間をコントロールする事を拒むのではないか。と言われておりますわ。」
あぁ。月のリズムですか。
「体内に流れる血液のコントロールは非常に難しいものですし、通常は事前準備をされた治療院でなければ治療魔法は使えません。ですから、無理して水魔法を習得するよりも、その治療院に向かえるまで命を繋ぐ、医術に精通した方が良いと思いましたの。」
なるほど。
真剣に考えているだけあって、理に適っている。
「それでラルシュの手伝いをしているんだ。」
「はい。それに我が家で治療する事が出来れば、有事の際もアルテイユ騎士団のお役に立てると思うんです。」
明るい空色の瞳に真剣さを含ませながら、熱く語る姿に異世界のナイチンゲールをみる。
医療魔術と医術を比較すると、どうしても劇的に命を救える医療魔術の方が重きを置かれている世界だけれども、予防や感染防止などは医術の領域だもんなぁ。偉いっ。
「でも、シグルスはどうして反対なの?」
「領主の妹としての立場もありますし、何よりも兄は負傷者を幾多も見ていますから。…色々私には聞かせられないような事件もあるみたいです。」
「何か事件に巻き込まれないとも限らないって事かな。」
一兵卒とは違って騎士ともなれば、きっちり精神鍛錬も積んでいるんだろうけど、色々事件がないわけでは無いんだろうなぁ。
「けれども、エルザもそろそろ結婚とか考える歳でしょう?」
ずっと館に留まってシグルスの手助けをしたいというオーラ全開のエルザに、ふと疑問に思う。
元の世界ならばまだ早い結婚も、こちらの世界ではもうそろそろ婚約者がいても不思議ではない。
献身的な性格に、それが重くならない明るさ、はにかんだ笑顔。
シグルスを兄さんと呼ぶ勇気さえあれば、エルザに言い寄る人間は後を立たない気がした。
「それとも誰か好きな人でもいるの?」
最初ぽかんとしていたエルザは、この質問に一気に顔を赤くしながらぶんぶんと首を振る。
あ~なるほどねぇ。
「上手く行くと良いねぇ。」
もしかしたら騎士団の人間か?
シグルスには内緒にしておくからと手を振りながら言うと、声にならない声で、手近にあるクッションに顔を埋めてしまった。
かわええのぅ。
今日び女子中学生でもこんな可愛い反応しないんじゃないかと、思わずにやつく私に
「でもアーラ様もそろそろですよね。」
クッションの向こうからカウンターパンチをくらう。
うおぅ。
思わず居住まいを正して聞く。
「…ねぇ、エルザには私は幾つに見える?」
「私と同世代だとお見受けしましたが、アーラ様は凄くしっかりされているので、もしかしたら少し上なのかもと。」
ぐっ。
レジデやフォリアに14~5才に見えると言われた時よりは上がってると、無理矢理前向きに喜ぶべきか。否か。
もう少し、せめて20才を越してくれる位に見えないと、私の精神衛生上悪い。
そんな私の気持ちを知ることも無く。
「アーラ様に今後もし、ご婚約者様がいらっしゃらないなら、兄はどうですか?あんな兄ですもの。悪い所も良く見ていてくれているアーラ様なら心配ないですわ。」
……それは本気で、御免蒙りたい。