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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
50/171

破られた沈黙 10

「お前は一つ勘違いをしている。」

 勘違い?

 俯いていた私の耳に、水面に落とされた小石の様に、男の言葉が落ちる。

 その言葉に、ふと顔を上げれば、静かに見下ろすアイスブルーの瞳と目が合った。

 何かを思案げなその表情からは、何を考えているか窺い知る事は出来ない。

 けれども、そう。言うなれば、深く深く何かを考えている。そんな顔。


「シルヴァンティエ殿は正式には王族ではない。前国王陛下の妹姫レイラ様が筆頭公爵であるユーン大公に降嫁されてのち、お生れになった総領姫だ。」

 その形の良い唇から紡がれる幾多の名前に、一瞬頭がついていかない。

 思わず眉間に眉を寄せながら、何度も今の台詞を反復する。

 シルヴィアの母親が、前国王の妹?そして国内の有力貴族に嫁いだ…って事だよね。

 脳内に関係図を描く。

 けれども、こちらの世界の様に君主制が政の要ならば、直系の姫君は重要な駒だ。

 国家の安寧や繁栄の為に、他国に嫁ぐのが通例じゃないの?

 覚えた違和感を口にする。

「たしか王家の姫君は、他国へ嫁ぐのが普通じゃないんですか?」

「本来ならな。しかし前国王陛下のご兄弟は、病がちなレイラ姫ただ一人であられたし、歳も離れていて非常に可愛がっておられた。その為、体の負担にならないよう国内で降嫁されたと伺っている。」


 なるほど。

 そう言えば、シグルスは前にもシルヴィアのことを現国王唯一の従妹姫って言ってた気がする。

 という事は、体の弱いレイラ姫は国内に嫁ぎ、シルヴィアしか産まなかったのか。

 ん?

 新たな疑問が浮かび上がる。

「つまり、シルヴィアはユーン公爵家の跡取りなんですか?」

 総領姫ってそういう意味だったはず。

 けれども、王家から掌中の珠の姫君が降嫁するような公爵家。

 その跡取りが、ただ一人であんな辺鄙なところにいれる訳がない。

 その矛盾はどうなるのだ。

「いや。シルヴァンティエ殿は、王位継承権の破棄と同時に、公爵家の継承権も破棄なさっている。だから正確には、元総領姫と言うべきか。」

 レイラ姫がシルヴィアしか産んでなくても、側室の子どもとかが跡を継ぐから大丈夫なのだろうか。


 淡々と紡がれるシグルスの口調からは、細かい事は良く分からない。

 けれども、彼女が嫌っていた「面倒な外の世界」に、王家や公爵家が含まれていたんだと、今ならば分かる。

 シルヴィアが生まれた時から廃嫡されたのでは無く、後天的に継承権を破棄したという事は、きっと目の事が関係しているはずだ。

 王家に近しい上位貴族の跡取りが女性なだけでも物議を醸し出しそうなのに、それが盲目になったらば、周りはさぞかし利権を主張しただろう。


 何だか口の中がざらりとするような、嫌な気分だ。 

 そしてその嫌な気分は、暗雲が立ち込めるように、冷静に淡々と話すシグルスにも向かう。 

「盲目の女性が跡を継げるほど、公爵家は簡単な物ではないのでしょうが、だからと言って、あんな世捨て人同然にするのが王侯貴族のやり方なんですか。」

 騎士団長と言う位を持ち、国王から直接指示を受け、領地も持っているシグルスが貴族じゃないわけが無い。

 それを考えれば、私の口から思わず出た言葉は、随分と嫌味っぽい物だった。

 けれどもそんな私の様子を意にも介さないのか、シグルスは相変わらず、眉一つ動かさない。

 それどころか

「そういう側面もあるな。」

 さらりと認める。

 可愛げの無い、嫌味なヤツ!

 もやもやした気分のまま、心のうちで悪態をつく。

「シルヴァンティエ殿が、光を失った事件は当時大きな話題となったからな。居心地の悪くなった公爵家にい続けるよりはと、魔術学院を通して療養される事を決定されたと聞いている。」

 確かに居心地は悪かったろう。

 以前、部屋に持ち込める小さな花はともかく、伸び伸びと枝を広げる大樹は記憶の中だけだと語っていたシルヴィアの姿が、不意に脳裏に浮かんだ。

 誰かが豊かになる為だけの物作りをすることを拒んだ彼女。

 シルヴィアが天才と呼ばれるほど、魔術具を夢中で作り続けていたのは、もう一度外の景色を見たいと、ただただ、それだけだったのかも知れない。

 世界が変わろうとも、人間の本質はそんなには変わらない。

 王制と言うヒエラルキーの、頂点に近しい大貴族に生まれたが故の不幸。

 王家の血を引くも、女であった事、他に兄弟がいなかった事、光を失った事。

 周りはその度に、一喜一憂し、シルヴィアがシルヴィアらしく生きていけばいいと言ってくれる人間はいなかったのだろう。

 それはシルヴィアの別人さながらの変身からも、安易に想像がついた。


「ならば今更、無理矢理王宮に戻さなくても良いでしょうに。…シルヴィアは、彼女はそれを望んでいませんでした。」

 分かっている。

 いくらこの人に文句を言ったところで、決定したのが国王ならば、この問いに意味は無い。

 けれども今、この何とも言えない、悲しみの混じった不満とも不快感ともつかない気持ちを、どうすれば良いのだ。

 そう考えながらも、とどのつまり私が今している事は、八つ当たり以外の何物でもないと、溢れる苛立ちをも胸に抱えながら思う。

 自分でもその自覚はあった。

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