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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
44/171

破られた沈黙 4

「……シルヴィアの助手としての名前は、アーランです。」

 いつまでも黙ってられるわけも無く、ベッドの上から慎重に答える。

 とにかく、今、本当に隠しておきたいことは、私がテッラ人だという事と、レジデに召還されたという事の2つだけ。

 無駄に動揺して、墓穴を掘らないようにしないと。

 私の性別がばれてしまったのは、それに比べれば非常に瑣末な事だよね。

 

「ならば、本名は? 助手として。と言うが、お前は男装に慣れている節がある。誰を欺く為に男の振りをしていた。」

 静かに、けれども畳み掛けられるように、シグルスに問われる。

 こちらを見る双眸は、揺るがない。

「…欺く?……」

 まいったな。

 随分と、猜疑的な解釈をされているらしい。

「最初から、お前はずっと男性のイントネーションで話している。先程の倒れこんだ時も、今もだ。たしかに労働階級の女性には、乱雑な言葉を使う者もいるが、それとも違う。完全に無意識だ。となれば…少なくとも、一日二日、少年の振りをしている程度では無い。」

 まったく、気がつかなかった!

 確かに女性と分かっているのに、男言葉で話し続けたら不審に思われて当然だ。

 そこまで気が回らなかったと、悔やんでも、遅い。


 私にとって女性の話し方は、飽くまで”いつか一人で生きていけるように”と、練習していたもので、シルヴィアとの日常会話はずっと以前の口調のまま。

 意識しないと女性言葉なんて、すらすら出てこない。

 それは、フォリアに言われた「なるべく男で通せ」と言う言葉が、胸にあったからでもあるし、女性言葉が性に合わなかったのも原因の一つだったりする。

 何というか、ささやく様に優しく話す女言葉は、最初に男言葉に慣れてしまった私には、正直辛い。

 女性は庇護されて当然と言う社会情勢を考えれば、無理は無いとは思うけど、何だか甘ったるい感じが好みじゃないし、何より性格に合わない。いやマジで。

 男に素直に甘えられる性格ならば、まだ違ったのかもしれないけれど、そんな事が出来るくらいなら、世話は無いよ。


「聞いてくだされば分かると思いますが…シルヴィアは、私が女性だと知っています。」

 男と騙していた訳では無いと言外に含ませ、はじめて女性のイントネーションで答える。

「確かにここ最近の私は、殆ど少年の口調で話していました。装いも少年の物が多かったです。けれども、以前からずっと男性口調だった訳ではありませんし、最近でも、時々は女物やドレスも着ていました。」

 ゆっくりと一つ一つ、真実を積み重ねながら話す。


 彼は嘘を見抜くのが仕事の一つなのだろう。

 落ちた体力にくわえ、熱で朦朧とした状態で嘘をついて、彼から逃げ切れるとは思えない。

 直ぐに、ぼろが出そう。

 だったら、私は嘘をつかなければ良い。

 それで勝手に違う解釈をしてくれれば、御の字だ。


「…ドレス?……あの館でか?」

「はい。髪を結ったり、アクセサリーも付けたり。逆に少年の服装を着たりもしました。言うなれば、等身大のお人形遊び…みたいな感じでしょうか。彼女の気分で、私の着る物は毎日変わります。」

 意外な返答だったようで、少し間があった。

「シルヴァンティエ殿の要望…という事なのか?」

 どことなく疑わしそうに、聞かれる。

「はい。あの館にはシルヴィアが着れないサイズの、様々なドレスや洋服が沢山あります。どれも袖を通した跡があると思いますし、外で着た形跡が無いのもお解かり頂けると思います。お疑いでしたら、調べてみて下さい。」

「つまり、男装自体が目的だったというわけか。」

「お恥ずかしい話ですが、私は指摘されるまで、自分が男の子の言葉遣いをし続けているのも、気がついていませんでした。」

「…そのようだな。」

「何故そんなことをしていたのかと言われても、……正直、上手く説明できません。… 私がお話出来るのは、この位でしょうか。」

 あぁ、喉が痛い。


 でも今が正念場だ。


「ところで、私は何故尋問を受けているのでしょうか。」

 静かにこちらを伺っている男に、逆に問い返す。

「シルヴィアは、本人の意思に拘わらず、王宮で保護する必要があったのでしょう。 それが上流貴族である彼女の安全の為なのか、国防上の技術保護の為なのかは分かりません。けれども私は一介の助手。しかも私一人では何か魔術具を造れるわけではありません。……有り体に言えば、私が王都に同行する必要を感じないのです。」

 こちらを見下ろしている彼の眉がピクリと動く。

「もちろん今更、貴方がたが強盗だとは思ってはいません。けれども、失礼を承知で申し上げれば、あんな彼女の意思も尊重しない、拉致するような形でシルヴィアを攫って行った事に憤りを感じています。正直、これ以上、お世話になりたくはありません。」

 灰銀の狼を見上げたまま、言い切った。

 彫りの深い顔立ちが動き、不快そうに眉を寄せられる。


「体も持ち上げられない状態で、よくそこまで強気な発言が出来るな。…今この状態で外に出されれば、どうなるかは火を見るより明らかだろうに」

 これには、何も言い返せない。

 満足に歩くことも出来ない私が氷点下の外に出されたら、死と直結だ。

「体が動くようになる最低限まで置いていただければ、あとはどうにかします。」

「……思ったよりも随分気は強いらしい。では、シルヴァンティエ殿のことは、心配ではないのか?」


 どの口がそれを言うのか。何も知らないくせに!

 上からの指示でシルヴィアを拉致したとはいえ、さっきからこの男の涼しい顔を見ていると、年甲斐もなく喚きたくなる。

 布団の中でこぶしを握り、去来する思いを何とか必死で顔に出さないように留めた。

 

「勿論シルヴィアの事は心配です。けれども、王都で暮らすのであれば、私のような中途半端な人間がついていなくても大丈夫でしょう。そもそも国王陛下からのお達しで保護されたシルヴィアが、劣悪な環境に置かれるとは思いません。」


 顔には心配そうな、そして少し悲しげな表情を浮かべながら、ゆっくり女性らしく話す。


「……もしそうなったとしたら、お前はどうするつもりだ?」

「? 街で皿洗いのような、下働きで雇ってくれるところを探します。」

「皿、洗い。」

 何故か絶望的に深いため息をつかれる。

 どうせなら大衆食堂のような、忙しくて目が回るような所が良いな。

 低賃金でかまわないから、住み込みで雇ってくれそうな宿屋とか探してみよう。

 そして落ち着いた頃に、彼らに連絡を取る。

 リバウンドの心配が無くなり、シルヴィアの保護も失った今、市井に混じって暮らすほうが良い事の様に思えた。

 なのに。

「明らかに非労働階級出身にしかみえないお前を、一体どこの店が下働きで雇う。」

 ぐっ。

 痛いところを突かれた。

 やっぱりそう見えるのか。


「お前の言動はどことなく突拍子も無く、引っ掛かりを覚える。……しかし記憶の混濁がまったくの嘘とは思えんのも本当だ。」

 これで話が終わったとばかりに立ち上がる。

「……どちらにしろ、お前も王宮に連れて行くがゆえ、早く体を治せ。」

「ですからっ、何故ですか!」 

 思わず臥せていた体を起こす。

 食い下がる私に、アーラ。と声をかけられ息を呑む。

 私はまだアーラと名乗りを上げていない。シルヴィアから聞いたの?

 混乱する私に、シグルスは幾分改まった声で言う。

「シルヴァンティエ殿が正式に後見人となった今、汝アーラが王宮へ参じる事は国議貴族院の総意であり、ひいては王命と心得よ。」


 はぁ!?

 何の冗談だ!?


「シルヴァンティエ・アルザス・ユーン殿は、王位継承権を破棄されたとは言え、現国王陛下の唯一の従妹姫でもある。」

 

 最悪だ。

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