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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
43/171

破られた沈黙 3

「改めて聞くが、もしかして、記憶が無いのか?」

 私が大人しくベッドに収まるのを見てから、問われた。

 迷った上、隠しても仕方がないと、小さく頷く。

「…全てでは、ありませんが。」

「では、何を覚えている?」

「私があの館にシルヴィアが住んでいたこと。そして貴方達が魔術具を引き取りに来たこと。シルヴィアの拉致。そして私は、助けを呼ぼうと、館の外に出ようと思った。……そこまででしょうか。それ以前の事も、それ以降の事も……上手く説明することが出来ません。」

 一瞬虚を疲れたような顔になる。

「助けを?…それで、逃げたのか?」

「確かにあの日、王宮からの使者がいらっしゃると話は伺っていました。けれどもシルヴィアは貴方の事を知らないようでした。 …あの館には貴重な魔術具や大量の魔石があります。王宮の使者を偽って、強盗が入っても不思議ではありません。」

 あらかじめ考えておいた言葉を口にする。

 強盗。と言うくだりで、頭を抱えられてしまったが、それは自業自得。


「では何故あそこまで無茶をした。お前の言う事が本当だったとして、誰に助けを求めるつもりだったのだ。」

 追求の手は緩まない。軍人ならば追求、尋問はお手の物という訳なのだろうか。

 警察無さそうだしなぁ。うぅ、嫌な特技だ。

「無茶をした…と言う事は、私は川に出て…溺れたんでしょうか。」

 頭に巻かれた包帯を触る。

 擦り傷、切り傷、捻挫、痣。体中にある傷は、一々数えるのも億劫なほど。

 雪の中を長時間逃げ惑って高熱を出したので無いならば、それしか可能性はないように思えた。


「以前の王宮の使者は、魔術学院の…ロワン様を、お連れになりました。シルヴィアとは知己の間柄に見受けられましたので、まずはそちらへ救助を請おうと、考えていました。」

「なるほど。あの川を下って行けば港町ミネランにつく。あそこには魔術ギルドの支部があったはずだな。それで川に出たのならば、あの暴挙も納得が出来る。…確かに平常時ならば、船で助けも呼べたかもしれんな。」

 そうなのか。何だか勝手に納得されたし。

 探るような目の色から、少しだけ不信感と警戒心の色が取り除かれる。


「あの峡谷の川は、冬は荒れる。夏秋はたっぷりと水を湛えた大河だが、山に雪が降る頃になると、水量が減り、川幅は狭くなる。 あちこちにむき出しの岩山が現れ、谷間を渡る風で流れも酷い。それに加えて、ましてやあの雪だ。 手漕ぎの舟で出て行ったのを見た時には、正直命は無いものと思ったぞ。」

 簡素な手漕ぎの舟は、乗り手の下手さも相まって、幾らも進まないで岩に激突。

 舟から投げ出された私が、枯れた木に絡め取られていなければ、今頃激流に飲まれるか、そのまま岩に激突して、確実に息が無かったと説明を受けた。


「本来ならば、シルヴァンティエ殿と一緒に王宮に連れて行くのが筋だが、肺炎まで起こしかけていたからな。流石に無理をすれば命にかかわる。 結局、領地のファミアに一旦お前だけ置いて、シルヴァンティエ殿には先に王宮にご同行頂いた。 もう少し熱が下がったら、彼女の元へ連れて行こう。」

 ご同行ね。

 正しく言えば拉致だと思うけど、今の立場で言えるはずも無い。

 そうですか。と答えるのが精一杯だ。

 シルヴィアと一緒に暮らすようになって、早数ヶ月。

 窓を開けても、外にはぽっかりと暗闇しか見えないと言うシルヴィアの気持ちを考えれば、外の景色を楽しむ事など出来るはずも無い。

 雪深いことも相まって、明り取りの窓以外は、いつも硬く閉めたままだった。

 だから、私の記憶にある峡谷の川は、フォリアと見た、美しい晩秋の景色のまま。

 まさかそこまで川の様子が変わっていたとは、考えもしなかったな。

 熱のせいで涙っぽい目を一度閉じて、ぼんやりと思う。

 流石にあの大河が、激流下りのようになっていると知っていたら、舟なんて出さなかった。もとよりラフティングの技術なんてないし。 

「ところで、お前の名前を聞いていなかったな。名は何と言う?」

 熱でぼうっとする頭で、つらつら考え事をしていたら、ふと、思い出したように聞かれた。

 その様子はあまりに自然で。

 だから、こちらも何も考えずに、アーランと答えた。



「……女にしては珍しい名前だな。」



 先程より、数段低い声。

 すぅっと目を細めて、灰色狼は、一気に私の喉笛に喰らいつく。

 しまった!

 絶対に聞かれると、分かっていた問いなのに、一瞬気を抜いたところに、一気に来られた。

 思ったとおり、彼は人を『視る』のに慣れている。その絶妙なタイミング。

 ……油断した!

 舌打ちしたいのを、すんでの所で耐える。

 職務に忠実そうな狼は、騎士団長と呼ばれるぐらいの男。実直なだけで無く、からめ手も心得ているらしい。

 王宮から戻って直ぐにこの部屋に来たのは、熱で頭の回らない状態で話を引き出すつもりだった?

 胸に苦々しい気持ちが、じわじわ広がる。


 最初から、私が女性とばれているのは分かっていた。

 だからこちらが、しまった!と思ったのは、男の名前を答えてしまった事では無い。

 思わず、ぎくりと体を強張らせてしまったのを、見られた事だ。


 汗をぬぐうのも、着替えるのもエルザがついていたし、そもそも着せられているのは、ネグリジェのような女性物。

 シルヴィアを昏睡させて、私がずぶ濡れで失神していたなら、あの場にいた残りの人間は男しかいない。

 騎士団長であるシグルスが、私が女性であると確認したと考える方が、妥当だろう。

 半分救助目的で自分の体が見られた事には、殆ど何も思わない。

 この年だし、今更だし。羞恥を覚えて身もだえする程、面識がある相手でもない。

 けど、その原因を作った男達に対して不快な感情が無いと言ったら嘘になる。

 

 けれども『私を動揺させる』

 きっとそれが彼の狙い。

 唯でさえ分が悪いのに、頭に血が上った状態で話せる相手ではない。

 冷静にならなければ。

 ひとつ間違えれば、喉元に刺さった牙は、そのまま私を喰いちぎる。

 それは私にとって、致命傷になりえるのは、確実だ。

 

 答えひとつで運命が変わるのは、私だけでは無い。

 王宮に捕らわれているシルヴィアの姿が、東奔西走している二人の魔術師の顔が、脳裏に浮かぶ。


 今、彼らを守れるのは、私だけなのだから。

 

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