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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
41/171

破られた沈黙 1

 王宮からの使者に追われて館を逃げ出ようとした。



 私が正確に覚えているのは、ここまでだ。

 あとは断片的な記憶だけ。

 記憶が正しく繋がらないのは、何故だろう。

 ふわふわした頭で、ぼんやりと目を上げると、綺麗なアラベスク模様が目に入る。

 砂時計の砂が落ちきるぐらいの時間をかけて、漸くそれが豪華な寝台の天蓋だと気がついた。


 ここは……。


 そのまま視線をゆっくり落とすと、天蓋の隙間から暖かな火が入った暖炉や、水差しが置いてある瀟洒なテーブルが見える。

 こんな部屋、シルヴィアの館には無かった。


 前後の繋がりはともかく、私は結局あの人攫い達に囚われてしまったのは確かなようだ。


 あの後、シルヴィアはどうなったのだろう。もしかして同じ部屋にいるの?

 慌てて、体を起こそうとして …失敗する。

 起き上がるためにベッドについた手から鋭い痛みが走り、そのまま腕を下敷きにするようにベッドに倒れこんだ。

 っ、…った~~~! 何だ、これ!

 あまりの痛さに、声も無くうめく。

 不自然な姿勢のまま、ぼふっと音を立ててベッドに沈んだ体に目をやると、あちこちに包帯が巻いてあることに気がついた。

 両腕、喉、頭。まさに満身創痍。

 きっと布団の下の隠れている、足も同じような感じだろう。


 ままならない重い体を、何とか元の体勢に戻そうと四苦八苦していると、パタパタと小さな足音と共に若い女性の声が聞こえた。

「まぁ、お目覚めになられましたか?」

 返す言葉も無く、じたばたとひっくり返った亀の様に動く私の背から、失礼しますと、背中に手を添えられ、元の体勢に戻される。

 不自然な体勢から戻ったことで、今度は大量の空気が肺に入り込み、一しきりむせる。

 本っ気で苦しい。

 胸に感じる強い圧迫感。唾液を嚥下しただけで痛む喉。

 未だかつて無い痛みに、眩暈さえする。


「無理なさらないで下さい。まだ熱も下がってませんもの。体を起こすのは無茶ですわ」

 何とか呼吸が戻ったところで、目尻にたまった涙をぬぐう。

 そうしてから、ようやっと、背中をさすってくれていた手の主を見ることが出来た。


 年の頃は私より幾分下だろうか。少女というには大人びているけれど、女性というには少しあどけない。明るい灰色の髪を編み上げ、今は心配そうにこちらを見つめている。

 暖かな素材のワンピースドレスは、瞳と同じ綺麗な水色で、彼女に良く似合っていた。

 その白い手を、すっと私の額に手を当てる。

「でもどうやら峠は越されたようですね。一時期よりも大分熱も下がったみたいです。安心しました。」

 にっこりと笑うと、ベッドの上に落ちていた小さなタオルを拾う。

 それはどうやら水に浸して私の額にあててあった物らしかった。もう一度冷やしなおされ、また額の上に乗せられる。

 その冷たさが、気持ち良い。

 彼女が誰かは分からない。けれど、今もくるくると部屋の中を動き、少しでも快適にしてくれようとしている。

 世話好き?それか、看護慣れしているのかもしれない。

 何とはなしに、仔リスが動き回っているような、そんな印象を受けた。


 峠を越した…という事は、相当高い熱でも出して寝込んでいたの?

 思えば体も水を吸った砂袋のように重い。

 たくさんの夢を見た気がするけれど、それも高熱にうなされての事だったのかも。

 少しでも飲んだ方が良いと思うので。と、白湯が用意される。

 背中にクッションを入れてもらって、何とかコップ一杯分の水を飲むと、それだけで息があがった。

 けれどもそのお陰で、何とか一言だけ声を出せた。

「……こ、こは。」

 喉の痛みを堪えながら搾り出した、かすれた小さな声だったけれど、きちんと彼女は捕らえてくれたようだ。

 小さく頷くと、声をまだ出してはいけませんと注意を受ける。

「ここは王都の北方に位置するファミアです。貴方様がアルテイユ騎士団長であるシグルスに連れられていらしてから、3日経ちましたでしょうか。酷い傷と高熱で、本当に心配致しました。」

 驚愕と納得が半分ずつ胸を占める。

 記憶が飛んでいるのは三日以上も寝込んでいたからなのか。

「私はシグルスの妹でエリザベスと申します。どうぞエルザとお呼び下さい。」

 と、笑顔。

 取れるだけでかまわないので。と、口元にシャーベットのようなものを差し出される。

 少し躊躇してから口に含むと、イオン水のような甘みと冷たさが舌の上に心地良い。

 喉の痛みから時間をかけて差し出された薄氷を食べきると、ほっとした様な笑顔を見せられた。


「今朝になって王宮から呼び出しが来たので、兄は今この館を離れています。兄のいない間、貴方様のお世話をさせて頂きます。至らぬところもあると思いますが、よろしくお願い致しますね。」

 やわらかく微笑む彼女は、何故こんなにも私に丁寧に話しかけるのだろうか。

 ひとつ疑問に思えば、次々疑問が湧く。ここが王都ではない事の意味、シルヴィアの居場所、私の怪我。

 聞きたい事は山ほどあれど、やはり体力の限界が先に来た。

 熱で考えがまとまらず、ぐったりとクッションに寄りかかる私に、エルザは慌てたように体を横に直す。

 取った水分を体が吸収しようとしているのか、酷い疲労感に襲われる。

 『シルヴィアの助手』の私がこの待遇ならば、シルヴィアが手ひどい扱いを受けていることは無いはずだよね。

 霧散する意識の中で、何とかその結論にだけ辿り着く。

 それならば、私が今やる事は、兎にも角にも体力を戻すことだろう。

 そう思いながら、私は意識を手放すに任せた。


  ***


 それから暫く私の闘病生活は続いた。

 体中にある傷にくわえ、喉の痛みで充分な食事が取れなかったのが原因だと思う。

 でも、もしかしたら、それだけでは無いのかもしれない。

 考えればこちらに来てから息つく暇も無く、長々続いた軟禁生活で基礎体力も大分落ちていたのを思い出す。

 それにシルヴィアが部屋に閉じこもってからは、自分の食事は簡素な物しか取っていなかったっけ。

 子ども相手の仕事は体が資本。昔だったら食べるのも仕事のうち!と一人でもしっかり食事を取っていたけれど、ここ最近はおざなりだった気がする。


 起き上がろうとしても起きれず、一日中床に臥す日を何日過ごしたのか。

 調子がよければ、一日中とろとろ眠り、調子が悪い日はうなされ、悪い夢ばかり見る。

 そんな私をエルザが甲斐甲斐しく世話しながらも、病状は一進一退を繰り返し、ようやくベッドの上に起き上がれるようになった頃。


 私の元に、シグルスは現れた。

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