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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
40/171

峡谷の古塔 16

 それは音のないスローモーションのように見えた。

 帰るはずの玄関ホールに集まる男たち。

 見送る為にその場に立った女主人。

 私は見つけた松明を握り締め、彼らを振り返る。

 葡萄色のローブの後ろに立った一人の騎士が、何故か白い布をシルヴィアの口元に押し当てた。

 そのまま崩れ落ちる彼女。

 それを支える男。 左右を見回す他の男達。

 呆然としたまま立ちつくす私を、水色の瞳が捉える。

 一人が何かを言って私を指差し、振り返った男達が一歩、こちらへ踏み出す。

 

 ぱちんと暖炉のはぜた音に、とっさに何も考えず、手に持っていた松明を投げつけた。

「うわっ」

 こちらに向かって来ようとした二人の男たちは、思わぬ反撃に一瞬ひるんだ。

 そのまま目の前のソファを彼らに向かって蹴りだし、応接室から居住地区に続く扉に飛びつく。

「待てっ!追いかけろ!」

 反射的に背中で扉を閉めると、朝使っていたミニブルドーザーと掃除道具で閂をかける。

 そのまま後ろの音も気にせず、長い廊下の明かりを次々消しながら走り出した。


 どうして、どうして、どうして。

 混乱しながらも走り続ける。

 この館は広く深く、なによりも複雑だ。

 まるで考えなしに広げていった蟻の巣のように、上へ下へと曲がりくねり、続いていく。

 いつもの居住区エリアに行くにも、いくつもの扉が並ぶ長い廊下を通り、倉庫に入って隅の梯子を上り、更に部屋を通過する。

 その殆どは地下にあり、窓から入る光も無い。

 明かりがついていない初見の状態で、すぐには私に追いつけないだろう。


 緊張と全力疾走のせいでガンガンと痛む頭の奥で、崩れ落ちるシルヴィアの姿が浮かぶ。

 ――何故?一体、何が起きたの。

 問答無用でシルヴィアの確保が目的だったのだろうか。

 ならば何故、私まで追われているの?

 混乱しつつも、このまま捕まったら何も出来ないと自分に言い聞かせる。

 館の何処かに隠れる?外に逃げる?

 倉庫の奥の梯子を上りながら、自問自答する。

 外に出れるとなると、私がここに来た時に使った、川への出入り口?

 その考えは瞬時に否定される。

 この吹雪の中、どうやって船で川を下れるというのか。

 上ってきた梯子を外し、隠す。

 見当違いの方向へ進んだように見せる小細工を手早くしてから、いつものリビングに出る部屋に向かう。

 じゃぁ、この複雑な館の何処かに隠れる?

 それはあまりに魅力的、かつ消極的な手段じゃないだろうか。

 少なくとも外に逃げたと思われる状況を作り出さなければ、館の中を探されて、結局見つかるだろう。

 けれどもこの吹雪の中、どうやって外に出たと思わせればいいのか皆目見当が付かない。

 考えても考えても、混乱した頭から弾き出されるのは、碌でもない答えばかり。

 急ぎながらも緊張のあまり震えている手でリビングの扉を開けると、ハピナー達が不思議そうな顔でテーブルの上で遊んでいるのが見えた。

 その手に持つのは、シルヴィアが作っていた――車の模型。


 頭に上っていた血が、ざあっと音を立てて、瞬時に足先へ消える。

 きいんと頭が冷えた。

 そのまま手近にあった袋を手に取ると、次々と投げ込む。模型や仕様書、私が書いたメモ書き。

 こんな物が彼らに見つかったら?

 『テッラの一般家庭における家電一覧表』と書かれた書類を粉々にしながら考える。

 どう転んでも、事態がややこしくなる所じゃない。

 もし仮に私が逃げられたとしても、シルヴィアが代わりに尋問を受けるかもしれない。

 私に関わったばかりに、一人静かに生きてきた彼女を追い詰めるのか。

 それだけは、それだけは、避けなければ。


 自分の部屋に飛び込み、手にした紙に殴り書きをして、テッラ関係の品物を引っつかむ。

 そのままリビングにいた怯えた顔のハピナー達を抱え込み、台所の小さな窓から三匹を逃がした。

 外の吹雪の音で、こちらに向かっている男達がどこまで来ているかも分からない。

 手の震えは収まった。逃げるのが最優先ではないのだ。

 代わりに、脳裏にアラームが響く。

 急げ。急げ。急げ。

 もう小細工なんてしている余裕も無く、無意識に食料庫に向かう。

 この数ヶ月、この館を色々掃除したけれど、一番馴染みが深いのは台所と食料庫。

 どこに何があるか、一番分かっている場所だ。

 篭城できると豪語しているだけあって、食料庫も穀物等を置いている常温室が二部屋と、巨大な冷蔵室と冷凍室の計四部屋で構成されているほど、大きい。

 暗闇のままの食料庫に入ると、穀類の樽が並ぶ棚をまず目指す。

 持ってきたペンライトを小さく点灯して口にくわえると、近くにあった金具を使って、シルヴィアの作った模型を細かく壊した。

 それらの破片をいくつかに分け、穀類の入った樽を幾つか開けて、中に見えないように沈める。

 きちっとふたを戻して、前後の樽と位置を入れ替えれば、私ですら何十と有る同じ樽の、どこに隠したか判らなくなった。

 そのまま食料品の棚の間をぬって奥に進むと、今度は様々な果実を赤ワインで浸けてある広口のビンが幾つも並ぶ棚に出る。

 酷くこわばった顔つきの私が、並んだビンに幾つも移りこむ。

 手早くその一つを取ると、細かく引きちぎったメモをそれに浸してから元に戻し、棚の奥に押し込めた。


 こんな事をしなくても、元の世界なら迷うことなく燃やしたろう。

 書類を処理しながら考える。

 けれどもレジデが昔見せてくれた、皮紐を新しくした魔法が脳裏を掠める。

 逃げ出した助手が燃やしていた、不信な灰。

 そんな物を彼らが見つけ、持ち帰った挙句、再生でも出来たら目も当てられない。

 それよりは、隠したことさえ気付かれないほうが、きっと良い。

 そうやって次々と全ての物を隠しきると、最後に手元の袋の中に残ったのは、模型を壊した時に落ちた、幾つかの宝石だけとなった。

 鈍く光る鉱石を、僅かな光しか入らない暗闇の倉庫の中で、じっと見つめる。

 私はこちらの世界の通貨一枚すら持っていない。

 これは私が唯一判る資金源だ。

 皮肉にも先日のテストで、手元にある鉱石の値段を知ることが出来た。

 ――これだけあれば、ここから逃亡しても暫くは暮らせるはず。

 それが私に決意を促した。


 逃げれるなら、逃げてみよう。

 たしかフィーナと出会った街はアンバーと言ったはず。

 そこまで辿り着ければ、フォリアにも連絡が取れる可能性が高い。

 シグルス率いる騎士団が、本当にシルヴィアの保護目的で拉致したならば、私を深追いしないだろう。

 逆に館に隠れている形跡があれば、探される。

 それは、もしかしたら今隠した物も見つかるかもしれないリスクを孕んでいる。

 それならば、一か八か外に出たほうが良い。


 たとえ今が荒れ狂う吹雪だとしても。

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