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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
36/171

峡谷の古塔 12

 布を取り払った瞬間、幾人もが息を呑む声が聞こえる。

 赤、朱、橙、山吹、黄色……と少しずつ虹の配色になるように並べられた私のトレイの上は、他の誰よりも美しく、色鮮やかだった。

 そう、それはまるで買ったばかりの色鉛筆のように。

「こ、これはどう言う事だ!」

 思わず立ち上がってカマキリ男が叫んだ。

「……これは分類をしたとは言わないんじゃないかい?シルヴィ。」

 グラデーション状態に置かれている石を見ながら、流石にロワン老の言葉も困惑気味だ。

 彼らの言い分は、もっともである。

 例えるならば、図書館の本がジャンルを無視して、全部サイズ別や、背表紙の色身別に並んでいるような感じだろうし、私だって黄色い洗剤ボトルの横にレモンとバナナを置いて、更にその横に黄色いポテトチップスの袋が並んでいるような、色彩重視のスーパーには入りたくない。

 だから私の弟子になっても意味が無いと言ったんです。と、そ知らぬ顔のシルヴィアの涼やかな声が響く。

「私は『私が使いやすい方法に分けて欲しい』と言いました。私は所持している魔石は全て覚えています。膨大にある魔石をすぐに使うには、これが一番楽なのです。」


 本当は、知識の無い私にはこの分類方法しか出来なかったと言うのが事実だし、それが「見える所に無いと、探すのが面倒」という、片付けられない女のシルヴィアのツボに嵌っただけの話なんだけど、――思わぬ副産物もあったようだ。

「この分類にしてから気がついた事ですが、例えば、同じ青銀水晶でも大きさや純度だけでなく、色味の深さによって動作にクセの様なものを感じました。現在、色彩における魔石のクセを研究中です。……けれどもそれは市場では意味の無いこと。」

 シルヴィア?

 どこか虚ろな感じをさせる忍び笑いと共に、シルヴィアはカチンと紅茶のカップを爪ではじく。

「外の世界の人が求めているものは、市場で生産できる目新しい魔術具、他に見ない高精度の魔術具、高価な魔術具を安価に作る方法などです。……言い換えれば、誰かが豊かになる仕組み。――…けれども私は、見る事の出来ない外の世界に興味がありません。」

 声を荒げている訳でもないのに、激昂しかけたコッドフィールですら、一瞬息を呑むほどの、感情の見えない冷たい声。

 その場にいた誰もが、彼女からゆらりと立ち上る暗い炎を見た気がした。

 二重人格者かと思うほどの彼女の変貌ぶりが、急に腑に落ちる。

 ――あぁ、貴女もだったのか。

 貴女も自分の中に、埋められない、心の闇と呼ぶにはあまりにも大き過ぎる虚無を宿して生きているのか。


「人は生きる為に息を吸う。私も私である為に魔術具を作っているだけの事。誰かが豊かになるためだけの魔術具を作ると言う事は、ただ息を吸うために生存している、もはや人間と呼べない存在に成り下がると同じなのです。」

 だから、そもそも私から何かを学ぼうと言うのが間違っているのです。

 仮面の下から密やかに零れ落ちた言葉は、そのまま荒れ狂う吹雪の夜に落ちて消えた。


 時が止まっているかのように誰も動かない部屋の中で、暖炉と窓を揺らす音だけが聞こえる。

 パチンと一際大きく、薪のはぜる音が部屋に響いた。

 それを合図にしたかのように、それではと、最初に口を開いたのは、やはり老齢の魔術師だった。

「吹雪も弱まってきたみたいだね。今夜は、そろそろお暇するとしようか。」

 まるで呪縛が解けたかのように、時がゆるゆると動き出す。

 吹雪は弱まってきたとは言え、もう闇が広がる時間だろう。

 それぞれが外套を羽織るのを横目で見ながら、底冷えする玄関にすり抜ける。

 大きく開けた玄関扉の外に、暖炉から移した火を灯した。

 ようやく帰ってくれる……との安堵感から小さくため息をつくと、風の音に紛れてしまうくらいの呼び声が聞こえた。

 振り返ると、玄関ホールの傍にオロオロと銀のトレイを持った赤毛の少年が佇んでいる。

 どうしたワンコ。

「すみません。大事な高価な品物なので、しまって頂いた方が良いと思うのですが……。」

 あぁ、確かに。

 にっこり笑ってトレイを受け取ると、明らかにほっとした満面の笑顔でお礼を言われる。

 良いな~少年。

 大人になっても、そのままの君でいて欲しいよ。

 うんうん。

 応接室に戻ると、依頼された魔術具の期限を最終確認している。――結局、仕事自体は受けるのか。

 カマキリ男には一番大事な話だろう。

 話が終わるのを見計らって、布袋の中に色とりどりの魔石を納めてシルヴィアに渡していると、先程のワンコが寄ってきた。

 私に話そうか、シルヴィアに直接話そうか悩んでいる素振りを見せてから、意を決したようにシルヴィアに問いかける。

「先程のお話ですが、魔石の色味によって癖があるならば、もしかしたら従来使えないと言われていた屑石でも使える可能性はありませんでしょうか?」

 その問いに、玄関口まで出ていた助手候補の二人どころか、ロワン老もコッドフィールも、動きを止めこちらを覗き込む。

 無表情な仮面に隠されていない、紅をさした口元が面白そうに歪んだ。

「あるかもしれませんね。でも簡単に見つかるような物なら既に実案化されているはず。利益を求めず、探究心を持ち続けられるなら、――答えは自ずと見つかるでしょう。」

 今までと違う方法で使用出来るなら、魔石市場に新たな市場が開けるが、色味による癖を見出すにはそれだけのサンプル数がいる。

 膨大な時間とお金をかけて、見つかる結論が有用なものとは限らない。

 利益を求めず、あくまで学術的な研究として、それが出来るのかと説くシルヴィアは、まるで世界を呪っているかのようにすら思えた。


 比類ない発想力と、膨大な資金。

 揺ぎない確固たる技術力を持ち、権力者達が喉から手が出るほど自分の物にしたいと思っている――彼女の闇は深い。

 自分たちの望む仕事をさせようとも、権力にも、金にも、名声にも興味が無い。

 監禁しても意味は無く、無理やり外に連れ出せば、唯の盲目の人間になる。

 故に不可侵。

 故に『孤高』のシルヴィアの二つ名を持つ。


「それでは王宮からの仕事は確かに承りました。一月後、雪解けの頃にお待ちしております。」

 嫣然と微笑んだ仮面の女は、あの瞬間、確かにこの地の女王であった。

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