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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
3/171

星降る時の館 2

 まずは、床に先ほど転がした煙草を回収し、足音を殺して前方に見えたガラクタの山に向かう。

 ――…何か悪い事してるみたい。

 後ろにまとめた長い髪、オフホワイトのカットソーにジャージ素材の紺のパンツ。足元にはスニーカー。

 動きやすさ重視の格好が幸いした。

 何かあったらダッシュで逃げよう。


 いっそこのホールが普通に明るかったら、声でも張り上げて人を呼んでみるものの、暗くて誰もいないというこの状況が、否が応でもドロボウ気分にしてくれる。

 時間をかけながら近くによって見ると、どうやらガラクタの山は、肉厚の絨毯の上に並べられているらしい。

 ……らしいというのは、一体何の関連があるのかと突っ込みたくなる品々が、絨毯の所狭しと並べられているからだ。


 蓋を閉めたゴミ箱の上に博多人形のケース。

 その横には籐でできたカゴ。

 招き猫の前には、アートをほどこしたネイルチップがおいてある。

 こっちは日の丸マークのはちまき。

 人を殴り殺せそうなサイズの大昔の電卓。

 他にも錆びた鍵束だの、割れた虫眼鏡だの。

 スワロフスキービーズで作った世界で一番有名なネズミのキャラクターの横に、昔の電車の切符切りと国鉄時代の切符。

 本物と思われる豪奢なネックレスが、アヒルのおまると並んでるのは、どんなセンスだ。


 昔海外旅行でみたガラクタ蚤市でも、もう少しマシだった気がする。

 適正な場所に収められていれば価値のある物も、こう無秩序に集められると、壊れてなくてもガラクタに見えるんだから不思議だ。

 ライトの届かないピアノの奥にももっとありそうだけど、絨毯に乗せきれなかったらしい、猫足のビロード張りのソファーが邪魔で、光が奥に届かない。

 天井に無数にある星空のようなランタンは、真の暗闇にしない為だけのごくごく弱い光源で淡く光っているだけだ。

 ソファーの上にちょこんと乗っている、洋服を着た可愛らしい猫のぬいぐるみと黒い剣を退せば、奥に何が置いてあるか見えるけれど……、そこまでしなくても大した物は無さそう。


 しかしどんなにガラクタに見えても、目の前のものは馴染みのあるものである。

 それに比べてこの建物は、何なんだ。

 よくよく見れば窓から月は二つも見えるし、五階分は在ろうかという、ぶち抜きのホールの壁……というか本棚を独りでに梯子が滑っていく。

 宙に浮くランタンはゆっくりと動きながら、時々隣のランタンとぶつかり、鈴のような綺麗な音を立てる。

 あの大理石の像の間を通った時は、実は動き出すんじゃないかと本気で身構えてしまった。

 ――さっき見た悪夢が現実で、ここはあの世の入り口なの?

 心の中に浮かぶ煙のようだった疑惑が、ゆっくりと形を成していく。

 でもそれにしては、おかしすぎる。

 天国の門や閻魔様が出てこないとしてもだ、これではまるで受験に遅刻しそうになって会場の裏口から入った迷子の生徒のよう。

 間違えて創立記念日に学校来てしまった感じのような、何とも言えない所在の無さのほうが、近いかもしれない。

 それに普通あの世っていうのは単身で来るんじゃないの?

 車と共にあの世ってどーよ。


 もし死ぬ時に持っているものが一緒に来るなら、次に死ぬ時には、役に立ちそうなもん握り締めて死のう。

 そんな変な決意をしながら、無意識に手に持っていた車のワイヤレスキーのボタンを押す。

 軽やかな電子音と共にヘッドライトとテールランプが点滅し、鍵がかかった。

 すると、


「今のは何ですか?」

 ――うぉい!

 いきなり背後から声がかけられ、冗談抜きに飛び上がる。

 が、慌てて振り向いても誰もいない。

 相変わらず薄闇の中、ガラクタがお行儀良く並んでいるだけ。

 ホラーは苦手なんだよ!?

「誰!?」

「体の具合は如何ですか? 大分回復されたようですが……。」

 もう一度声がかかる。

 どうやら、どえらく私好みの低いバリトンの声がするのは、ソファーにおいた可愛い猫のヌイグルミから。

 なんだ。マイクとカメラでも仕込んであるの?この猫ちゃん。

「申し訳ありませんが、姿を見せてください。隠れている方の質問には答えられません!」

 声を張り上げながら、しゃがみこんで素早く椅子の下に配線が走っていないか見る。

 見当たらない。今流行りのワイヤレス?

 すると、

「――…先ほどからずっと目の前にいるのですが……。」

 と、少し苦笑したような声と共に、四つん這いになってる私の目の前で、

 なんとヌイグルミが立ち上がった。


 きれいな薄茶の縞の毛並みの上に、茶色いベストに大きめの黒いズボン。赤茶のブーツと同色のマントを翻し、二本足で椅子からおりた猫は、優雅にお辞儀をした。

「初めてお目にかかります、私はレジデ・スタウト。ここはファンデール魔術学院所属の『時の館』です」

 向かい合って立っても、胸の所くらいまでしか背丈はないが、椅子に座ってた時に思ったより、ずっと大きく見える。

 ロボットが動いているのではない、知性を宿した目と低いバリトンの声は、その可愛らしすぎる外見と結びつかない。

 はっきり言えば、声優ミス。

 色々ありすぎて、最早脳がついていけてないらしい。

 聞いてることがまったく頭に入ってこなかったが、

「あの…」

 戸惑うように小首をかしげる姿にあわてて、姿勢を正す。


「すみません、色々混乱していて…。」

 混乱しているなんてもんじゃない。

 夢であろうが無かろうが、「魔法」なんていう単語が出て喜べるのは、中高生までじゃないのか? 小学生までか?

 少なくとも、もうこれ以上自分の知らないものを見たくない気持ちでいっぱいだったし、この声じゃなければ、この可愛らしい物体を抱き上げてガクガク揺すぶっていたに違いない。

 途方に暮れるっていうのは、こういう事なのかと心の底から思う。


「大丈夫ですか?」

 少し心配そうな琥珀の瞳と見詰め合う。ぱたんぱたんと柔らかな尻尾が揺れている。

 …つまりここは夢の中か、異世界か。

 夢だとしたら、さっきの崖から突き落とされる夢と、どちらがマシ?

 その瞳に警戒の色は見えなかったが、ぴんと張られたヒゲ、尻尾の動きから実家の猫を思い出す。

 どうやら私は、彼に緊張を持って観察されていたらしい。


「何故あのような大怪我を?」

 ささやくように問われた言葉が、混乱しながらも静けさを何とか保っていた精神の水面に落とされた、小さなひとつの石になる。

 立てられた波がゆっくと体中に駆け巡り、消えてゆく。


 ――あぁ、そうなのか。

 それは一つの確信。

「ここは異世界で、怪我と車を、あなたに治して貰ったんですね」


 そう。これは現実だ。

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