表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
170/171

新たな路 4

「貴女にとっては、迷惑かもしれない。――それでも、会いたかったんです。どうしても……」

 俯いていても、表情を容易に思い出させる優しい声。

 きっとレジデは、少し困ったような優しい笑みを浮かべていると、そう思う。

 なのにその声には、激情にも似た切なさが見え隠れして、どうして良いか分からない。

 夢にまで見た――、そして、夢のままでよかった、二人の声。

 けど、こんな居たたまれない、切ない声を聞いたら、どうして良いか分からないよ。

 

 必死で自分を律しようとしている私を、更にフォリアの手が私の頬をなぞり、顎を取る。

「大体――『諦めろ』と言ったろう?」

「え……?」

 ――俺もあいつも、お前の護り手を、誰かに譲るつもりは無い。

 ――もしこの地に残ることがあるならば、今度こそ諦めろ。

「そう言ってあった筈だ」

 顎先をすくうように、上げられた顔。

 甘やかな光をその目に浮かべ、覗き込むフォリアに、かっと顔に血が上る。


 それとも。

「俺たちの傍にいるのは、どうしても嫌か?」

 そう静かに問うたフォリアに、胸のうちで悪態をつくしかない。

 ――ずるい。

 二人とも、ずるいよ。

 その言い方も、そんな聞き方も、――答えなど、とうに分かりきってるだろうに。本当の意味では、私の答えなど欲して無いくせに。

 二年の歳月をかけて男の深みを増した二人が問いかける。


 ――こんなの、反則じゃないか。

 超弩弓の反則だ。

 二度と会わないことで、彼らの幸せを願った自分が、自分自身のままならさに、心のうちで盛大の溜息をつく。

 けれど。

 本当にずるいのは……、自分だ。

 覚悟は出来ているのかと、自問自答するよりも――もう、耐えられなかった。


 二人にきちんと向かい合い。

 アルテイユ騎士団の団員である、少し特殊なサインを胸の前で切る。

「シグルス・フォンフトの直属の部下であるテルラ・メイス。条項第3項の規定に従い――陛下の御名において、監視役の猟犬フォリア・ネル・ウィンスとレジデールに告ぐ」

 姿勢を伸ばしながらも、少し困った顔をするのは許して欲しい。

 アルテイユ騎士団のテルラ・メイス。――まさか私の書類上の名を使って、宣言する日が来るとは……本当に、思わなかったんだよ。

 驚愕で目を見張る二人に言葉を紡ぎはじめる。


「レジデールに更正の余地があると判断された場合。これをもって当人は、ウィンス卿の監視下を離れ、騎士団長シグルスの監視下へと移る。――速やかに、館で現在行われている計画に参加せよ。」

 唖然とした表情で、顔を見合わせる二人。

「また時の館に騎士団長が不在の場合、代行人としてその身柄を一時的に……テルラ・メイスが預かる――…です」

 最後、どんどん声が小さくなった私に、レジデが困惑した表情で問う。

「それは……、一体――」

「もし、二人がここを外から見つける日が来たら――、レジデールに既に反逆の意思は無い。……ならば、レジデ・スタウトとして、カケラの処分を手伝わせてやれと――陛下から話を受けています」

 本当はこれに、『お前が望むなら』という一文がついていたけれど、それは言えない。


 くっくっく……と。

 やがて、最初に現状を理解したらしいフォリアが、堪えきれない風情で、喉の奥で笑って、「いつだ――?」と目を細めた。

「最初から陛下がそう言ったとは思えない。――何時そう言われた?」

 え?……ええと?

 確かに、これを言われたのは、そんなに昔じゃない。

 そう、確か陛下が、シルヴィアのお見舞いに来て、新たなユーン公爵に、フォリアではなく弟が立ったと話してくれた時に、――この話をされたんだ。

 

 その説明に、なんとも言えない顔で二人は再度顔を見合わせる。

「陛下の掌で――…踊らされたな」

「ですね」

 どっと疲れたような溜息と、作った苦い表情。

 やがてどちらからともなく笑い出した二人に、ハピナーたちも喜んで、キュイキュイと二人にじゃれつき、辺りを遊び飛びはじめる。

 その笑い声が、北の地で仲違いしたとは思えないほど、屈託の無いもので。

 

「おい、トーコ」

 この中で、最も流れについていけてないのは、私だろう。

 呆然と脱力していると、急にフォリアに名を呼ばれ、今度はハピナー達が私の顔の傍にばたばたと、じゃれつきだした。

「ちょ、え。なに??」

 甘えるように、悪戯するように、急にじゃれつく二匹。

 ――何!?急に??

 そんなハピナーに気を取らていると、急に、ぐいっと手を引っ張られる。

 つかまれた顎と、私を映す深い海の瞳――。

 力強い男の胸――って、

「――っ!?」

「フォリア!?」

 いきなりキスされたことにも気がつけず、レジデの驚愕の声に少し遅れて我に返る。


「陛下に報告して戻るまで、三月だ。――時間をやる」

 え?え?

 いつの間にか馬上に戻ったフォリアが、へたり込む私と……そしてレジデを見て笑う。

 いきなりキスされた事実と、ちらりと口角を上げた表情に、心臓が混乱しながらも早鐘を打つ。

 確かにこちらから移動魔法陣で王都には行けないけれど――、三月もあるなら、その間に館に留まってシグルスを待つほうが絶対に早い。

 それは彼もわかってるだろうに――…。


「俺の処遇は、そこの中には無かったからな。勝手は出来ないだろう?」

 そんな、彼の唐突な言動に混乱したままの私を気にすることもなく、フォリアは少し真顔になってレジデの顔を見つめる。

 

「あの時――、時間を合わせる必要があった術者は、本当はお前だけだった筈だ」


「……え?」

 ポカンとした私の横で。

 表情を硬くして、何処となく気まずそうに無言で目をそらしたレジデに、「俺が気がついてないとでも思ったのか」と、何故か面白そうにレジデを見下ろすフォリア。

 二年間で霞をかけた記憶が、鮮やかに脳裏に蘇り、かああっと顔に血が上る。

 

「死ぬつもりのお前にお膳立てされた舞台で、俺がトーコをどうして口説ける」

 ――俺は、思い出の中の美化された男と、女を取り合う趣味は無い。

 そう言って馬の首を返しながら、フォリアが意味ありげに視線をやった先にあるのは、落ち葉に埋もれたカケラたち。

 レジデが自分の存在意義を、命を懸けてしていた事の――その先。

 そこに隠れている私の深い気持ちを……フォリアは気がついていたのか。


「いい加減、獣人に逃げるな。戻ってきたら容赦しない」

 そこからは、対等だ。

 去り際に、最後だけ私に向けて笑ったフォリアに、なんとも言えない顔で立ちすくむレジデと、へたり込む私のまわりに舞い踊る、色鮮やかな落ち葉たち。



 やがて、意を決して伝えられた一言を。


「――…。」


 私は一生。忘れない。

2010年07月から、連載4年間。本当にありがとうございました!

大人女子の皆さまに限ってしまいますが、彼らの「その後」は4章としてムーンさまで掲載しております。引き続きお付き合い頂けたら幸いです。http://novel18.syosetu.com/n0194co/


また、裏話を収録した同人誌もアリスブックスさんで取り扱っております(過去のweb小話9本のID付き)。ご興味のある方は、こちらよりどうぞ。

■アリスブックス:通販情報■

http://alice-books.com/item/show/6746-1

http://alice-books.com/item/show/6746-2

http://alice-books.com/item/show/6746-3


■1巻 描き下ろし小話[銀の鎖]

ひっそりと疾走する馬車の中で、遂に恐れていたリバウンドが始まった。

フォリアがトーコに惹かれた切っ掛けとその理由とは。娼館の夜。


■2巻 描き下ろし小話[世界の終わりに]

日本に居た頃の、少しだけ大人な雰囲気のトーコ(葉山橙子)の話。

一人で生きていく基盤を作り上げてしまった彼女が、もし恋愛をする日が来るならば。


■3巻 描き下ろし小話[帰る場所]

トーコを召喚したばかりの頃のレジデールの話。

ユーン本家でひっそりと行われる特別な役目に、男は何を思うのか。(R15)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ