新たな路 2
一切外部との接触を断ち、国王陛下が指定したこの土地から出ないこと。
シルヴィアの付き人として、話し相手になること。
光気が抜けたカケラを安全に処分すること。
これが、私が与えられた、『記憶のあるテッラ人』としての新たな使命だ。
あの時、クリストファレスから脱出する船の中。
消え去ろうとしていた私を、ただひとり見越した陛下は、シグルスを使って一つの書簡を私に下さったのだ。
先手を打たれたことに、正直驚いたけれど、そこに書かれていた新たな使命に、否やは無い。
魔術大国ファンデールとは言え、時の館の処遇には、ずっと頭を悩ませていた陛下だからこそ。
カケラを研究して新たな技術を得ることも、異世界エネルギーの光気を利用することも諦めて、――千載一遇のチャンスとして、私に大量のカケラの処分を求めたのだ。
勿論これが諸外国や国議貴族院に知られたら、荒れに荒れるのだと思う。
どんなに言葉を尽くしても、事実だけ見れば、『記憶のあるテッラ人を閉じ込め監視し、自国が不利になる新たなエネルギー源を捨てさせている』とも取れるし、もしくは、『魔術大国だからこそ、この新たなエネルギーを活用するべきだ』
――立場が違えば、そんな解釈も出来る。
けれど、カケラの処分は私自身も望んだこと。
そこに誰の意見も欲しくない。
もう二度と、異世界のエネルギーの為に道具にされる命も、悲しい思いをする異邦人も、あってはならない。
あんな思いは私たちだけで十分だ。
――切にそう思った。
そうして、ひっそりと旅は始まった。
シルヴィアの身体は、移動魔法陣を耐えられないから、この地に来るには、陸路から来るしかなくて。
王宮を抜け出してからシグルス達に守られて、此処にたどり着くまで半年も掛かった。
そして、それから二年の間。
私の上司でもあり、監視員でもある彼とは――、二度ほど唇を合わせた。
……シグルスのことは、嫌いではない。
自分に厳しいさまも、意外に情に深いところも、今の私は知っている。
一度目は初めての冬。
ようやく着いたこの地で、私は酷く高い熱を出し……、気がつけば男が看病してくれていた、その時。
二度目も大して変わらない。
ねぎらいと、同情から横滑りしたような、そんな感情とタイミング。
私は彼に好意を持っている。
――それは確かだし、そして彼も同じだろう。
長い時間一緒にいれば、情も湧く。
シルヴィアが意識を取り戻していない時期は、話し相手はたまに来る彼しかいない。
時に手料理を振る舞い、いつの頃からか政治の話もする。
そうなると、会えれば素直に嬉しいし、一人の時間が寂しくないと言ったら嘘だよ。
そして――正直、陛下はそれを望んでいるのだろう。
私が産む子は強い光気をもつ可能性が高い以上――、下手な所で、その血を繋げさせる訳にはいかない。
陛下がそう考えるのは、当然のこと。
――それは私も彼も分かっている。
実際。亡命した神子姫を妻にして、最後まで守りきった彼の叔父のように、シグルスは、私の傍に置いておくには安心な人材だ。
非常な優秀な護り手でもあり、――逆に私が害をなすならば、冷静にその剣を振るえる非情さを持つ。
ここで私が唯一触れ合える男性は、彼ひとりだけだし、このままシグルスの手を取ることが、一番自然なのだと私も……頭では分かっているよ。
けれども、一線を引いて向かい合う私たちには――お互いの後ろに、その心を強く占めている人間がいることも、よく見えていて。
あの初めての冬。寝込んだ私の看病の為に、一度だけ派遣された彼女は、その年月だけ綺麗になっていた。
相変わらず優しく献身的で、努力家で。
そして秘めたる恋心は、彼女を少女から美しい女性に変えていた。
シグルスが頑なに受け入れる気が無いことで、深く傷ついている彼女には、シグルスの本当の気持ちは見えない。
――好きだからこそ、踏み込めない。
――大切すぎるから、距離をとり続ける。
それは私にも覚えのある感情だ。
最前線で指揮を取る事もある兄に近しい自分より、自分の認めた男の手元で幸せになって貰いたい。
そんな相手を無視した傲慢さも、歳の離れた義妹への『親代わり』という強い呪縛も、覚えがありすぎて、諌めることなんて出来やしない。
二年は長い。
決して今後……会えないと分かっているなら、なおさらだ。
けれど。それでも二人と会ったこの館で。
――私が二人を思い出にしきれる日までは、まだ時間が必要だった。