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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
167/171

新たな路 1

 さくり。さくり。

 落ち葉の絨毯が、小気味いい音を立てる。

 自然と口ずさむ故郷の歌。

 慣れた足取りと、手には箒。

 一つに結わいた長い髪が、背中で揺れる。

 フカフカの足元とは対照的に、重たい葉を落として明るくなった秋の森は、その剥き出しの枝を天高く突き出していて、澄んだ秋の空を支えている。

 あれから二年――。

 私は今、喧騒から遠く離れた西の森に住んでいた。


 この西の森も、遠く離れた水の都と同じ、ファンデールの一角。

 とは言え、精霊の死んだ呪われた土地には、新たに入ってくる人もいないから、情報も少なくて。

 それでも、クリストファレスが崩壊したこと。

 ファンデールが、必死にその戦火に巻き込まれないように、様々な攻防を行っていることくらいは、耳に入ってきている。

 北の地は、未だ黒髪の乙女を血眼に探しているらしいし、二年にわたる裁判でユリウス新公爵が廃嫡され、フォリアのもう一人の兄弟である新たな公爵が立ったことも聞いた。


 中央大陸の北の覇権が変わる。

 その事実も、何だか懐かしい物語の続きを聞いている感じで、現実感が無いけれど――、見知った名を聞けば、ほんの少しだけ気持ちがざわめく。

 それでもあの時。

 陛下の手を取ってした決断を、この二年間、一度も悔いたことが無かったのも……また確かだった。



 木漏れ日を浴びながら、少し開けた広場で、色とりどりの落ち葉をざかざかと掃く。

 私が今暮らしているのは、『時の館』と呼ばれていた建物だ。

 もう昔のように、大陸中から異世界の落し物が送られてくる事も無いし、内側と外側の時間の流れが違うということも無い。

 周りには傷ついた精霊達が住む広大な森と、険しい峡谷しかない、ただの辺境の地。

 陸伝いに来るには、精霊の死んだ呪われた土地に行く勇気と、国王直轄地に進入する覚悟。

 そして、深い渓谷と高い山を越える装備がいる。

 実際、そこまでしてこの地を目指す人間がいるわけがない。

 そんな忘れられた地で。

 私を助け出す為に、あらゆる援助を行ってくれたシルヴィアが、深い深い眠りについていた――。


 今もシルヴィアは、一年の半分以上は眠り続けている。

 私が北の地にさらわれた時に意識を取り戻したシルヴィアは、それでも治療魔法の弊害で、長く意識を保つことは出来なくて。

 それでも徐々に、現実の時間と体内の時間が合う時期には、一緒に食事をしたり、話しをしたりが出来るようになっているし、治療魔法が張ってあるシルヴィアの寝室と大図書館ならば、視力がきいて本も読める。

 嬉しいことに、視力が聞かない結界の外にも、散歩と言って出てくれる日も徐々に増えてきたから、少しずつ足腰の体力もつけてあげたい。

 次にシルヴィアの目が覚めるのは三ヵ月後。

 私たちの、三度目の冬を迎える頃になるだろう――。



「……あいっかわらず、掃いても掃いてもキリ無いなぁ~。」

 ちょっと疲れて、切り株に座る。

 その間にも、赤や黄色に染まった落ち葉が、雪のように降りしきる。

 はらりはらりと絶え間なく舞い落ちるのが、まるで小さな子供たちが遊んでいるようにも見えて、思わず降参。

 ちょっと一服しましょうか。

 手元にある古い魔法瓶からレモンティを注いで、口をつける。

 シルヴィアも口にする茶葉は、流石に良い物が送られてきているのか、適当に入れても美味しくて。


「ん~~~…しあわせ……」

 美しい秋の景色と、暖かな日差し。

 心地良い疲労感に天を仰げば、そよりと吹く爽やかな風の中に、ほんの少し、冬の気配が近づいてくるのを感じる。

 ――「しあわせ」と口に出来る幸せと、その日常を共有してくれる人がいない寂しさは、いつだって表裏一体だ。

「それでも、もう――…大分。慣れた、かな。」

 小さく微笑み、そう呟いた。


 昔から、一人の冬は苦手だ。

 どうしたって、思い出したくないものを思い出すから。

 夕暮れ時の乾いた冬の空いっぱいに広がる赤い炎も、優美な形の窓の外に見えた荒れ狂う雪も、――そして彼らの体温も。

 ……この切なさも、きっと生涯忘れることなど、出来やしないのだろう。

 でも、それで良い。

 時間は誰の上でも平等に、薬となって降り積もる。

 いつか必ずこの感情も、穏やかな切なさになって、そっと寄り添う日が来るだろう。

 彼らと出会った時間を忘れるくらいなら――、この切なさも大切な……私の思い出だ。

 

「さてと、そろそろやりますか」

 あまり長く休憩してても、落ち葉は積もるばかりだしね。

 切り株の横に置いてあったカゴを一瞥して、幾つかの品物を出す。

 これと、これ。あとは……これも。

 懐かしいそれらを、小広間の中央に以前から掘ってあった、小さな窪みに投げ入れる。

 中に溜まっていた落ち葉の上に置かれたのは、なじみのガラクタたち。

 砕いた古いゲーム機、コンセント型の蚊取り線香と、小学校のリコーダー。野球のボール、女性服の通販雑誌……ほか書籍数点。

 

「こんなもんで良いかな?」

 以前大量に入れすぎたせいで、もうもうとした黒煙があがって喉を痛めたことがあるし、気をつけないと。

 あまり多く入れすぎても、うまく破棄出来ないしね。

 穴の中には、あとは火を入れるだけ。

 延焼すると火事になるから、窪みの周辺の落ち葉は、きっちり掃いて遠くに置く。

 ダイオキシンとか、そう言う故郷のルールは無視だ、無視。


 再び、ざっかざっかと秋の森に響き渡る、箒の音。

 時折、ピューイピューイと鳴く声が、近づいては遠ざかる。

 そうして見上げた秋の空に、ピュイ。ピュイー。と鳴きながら、時に空を飛び、時に木の上で休む二つの影を見る。

 彼女が休眠期の今、私の大切な毎日の話し相手はあの子達だけ。

 シグルスが連れて来た二匹のハピナーが、秋の空を無邪気に遊び飛んでいた。

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