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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
165/171

ロアの祝祭 14

「まさか生きて出られるとは思いませんでした。」

「――ここからの道も、楽とは言いがたいがな。」

 レジデの言葉を受けて、フォリアも肩をすくめ苦笑する。

「確かに。後がないユリウス公爵に毒殺でもされないよう、貴方も私も精々注意しないといけませんね。」

 口では皮肉を言い合いながらも、二人の纏う空気は明るい。

 

 今後それぞれがどこに住居を構えるかは分からないけれど、流石に今日は王宮の一角に部屋を用意してもらった。

 城内でもダンスホールなどが無いこの居住区エリアは、夜の帳がおりた今の時間はゆったりとした、穏やかな空気が流れる。

 本来廊下ですれ違うはずの人々がいないことを除けば、厳戒態勢の事なんて忘れてしまいそうな雰囲気だ。

 

 そうしてそこを通る私たち三人もまた、いつもの姿と少し違っていて。

 陛下の前に出る為にと、最低限だけれど整えられた身なりは、私は金髪のウィッグに淡い萌黄色のドレス。

 人型になったレジデはアルテイユ騎士団の騎士服。そこにいつもの魔剣士姿のフォリアがいる。

 何だか不思議な感じがして、三人で顔を合わせては、くすくすと笑ってしまう。


 そんな二人と別れがたくて、笑いながら階段を上り、彼らに宛がわれた部屋の前まで一緒に進む。

 と、飴色の扉を見て、小さくフォリアがぼやいた。

「何だ。結局、お前と部屋は一緒か。」

「そう露骨にがっかりされると、どこへ行くつもりだったのか、勘繰りたくなりますね。」

 二人の軽い遣り取りを聞きながら、くすくす笑う合間に、小さく欠伸が出る。

 うん。流石に私も限界だ。


「じゃぁな。おやすみ。」

「おやすなさい。トーコ。」

 ふわわと欠伸をする私を見ながら、手を扉にかけるフォリアと微笑むレジデ。

 もう何日まともに寝てないだろう。

 思わず日本語で挨拶をする。

「?」

「ああ。ごめんなさい。”おやすみなさい”と言う意味です。」

 キョトンとする二人に、笑って説明する。

 すると笑って私に同じ言葉を返し、小さく手を挙げて二人は部屋に消える。

 うん。ありがとう。


 そのまま廊下を進んで、一人静かに私の部屋に入る。

 本当は、女性と男性の部屋を同じ居住エリアに取ることは無いのだけど、今回は特別に許可を貰った。

 派手になり過ぎず、温かみのある調度。ほんのりとした花の香り。

 ――やっぱりファンデールの部屋の趣味。好きだなぁ。


 明かりもつけずに、そのまま一階の中庭に面したバルコニーに出れば、遠くから柔らかな音楽と、人々の笑い声。夜の虫たちの声が暖かく心に染み渡るように聞こえてきた。


 ああ――。私は本当に、自由だ。


「……もう、良いのか。」

 身体を預けていたバルコニーの欄干に、いつの間にか、大きな男の背が掛かる。

 大小二つの月が、故郷には無い二重の淡い月影を作り出す。

 視線を動かすことなく、その揺らぐ月影に微笑みながら頷いた私の目の上に、思いもかけず、優しく男の手が乗った。

 

 お前のその泣き顔は――、初めて見たな。


 ぼそりと呟かれた言葉は、胸に抱きとめられながらも、暖かな夜の喧騒に淡くとける。

 悲しみも声も無く、ただただ溢れる涙。

 背中から抱きとめられたまま、目の上に置かれた掌が暖かい。

 お前は良くやったと、豊かな低い声が耳朶をくすぐる。

 労われるとは思わなくて――。静かな優しい衝撃に、小さく喉の奥が鳴った。


「――残るか……?」

 彼自身、答えの分っている問いに、緩く首を振る。

 例え意味分かられなくても、二人に別れを笑って言えた。――言ってくれた。

 それで充分だ。

 最後に過ごしたほんの一瞬は、まるで昔の三人みたいで―…。

 もう思い残すことは何もない。

「なら――俺のところに来るか?」

 どこかで小さな夜会でも、終わったのか。

 さらさらと流れる噴水の音にまぎれて、小さな拍手が風に乗って耳に届く。

 癖のある上司流の、小さな冗談。

 草花が立てる小さなささやきに微笑み、ゆるやかに首を振る。

 

 やがて滲む月もその本来の姿を取り戻し、天高く甘く優しく輝きだす頃。

 そんな誰もいない初夏の庭を――、風が優しく通り過ぎていった。

 

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