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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
163/171

ロアの祝祭 12

 私たちは、命を食べる。

 植物の、動物の、生命を食べる。

 それは自然の摂理。人間である以上逃れられない、『必然』ともいえる宿命だ。

 そこに感謝の念はあれど、罪悪は感じない。

 感じていたら生きていけない。

 けれども、もし。

 人間の、他者の命を損なうことでしか、自分の命を延命出来ないとしたら?

 

 フォリアの牢屋でレジデと三人話した最後の夜のあの言葉。

 あの夜感じていた違和感の正体が、今ようやっと分かる。

『もう終わりにしたいと、ずっと願っていました。』

 その言葉に、どうして私は気がつかなかった。

 彼が望んでいたのは、亡命なんかじゃない。クリストファレスからの解放なんかじゃない。


 いつだって、穏やかだったレジデは――。

 彼はもうずっと。自分の人生を閉じることしか、考えていなかったんだ!!


 けれども、それが分かったとしても――そんなの受け入れられるはずがないよ!!

 ズズンと、ひときわ大きな振動に、レジデの困ったような笑みが深まる。

「最後の瞬間まで、貴女を見てたかったのですが――どうしても、貴女が動けないなら、……仕方ありませんね。」

「――っ!!シャムーール!!」

 銀の切っ先が動くのをみて、真っ白になった頭で叫んだのは、レジデの後ろに見えた諸悪の根源の名。

 レジデを、レジデールを止めてくれるわけも無いのに、その名を叫んだ瞬間。閃光のようにひとつの希望を見いだした。


「貴方は、どうやって此処に入った――?。あなたはどうして扉を開けられた!?」

「………。」

「ねぇ!貴方がここにいる以上、あたし達以外に光気が存在するのでしょう!?」

 じゃなければ、辻褄が合わない。

 半ば絶叫のように、そう食って掛かる私と、目を見開くレジデ。

 するとその目を伏せていたシャムールが、口角を小さく上げてゆっくりと微笑む。

 

「この状況下で……気がつきましたか。」

「!!――…じゃぁ!」

「やはり姫は頭が良い。」

 その言葉と共に投げつけられた小さな塊を、とっさに顔の前で受け取る。

 手を開くとそこにあったのは、司祭長を示す精緻な白い指輪。

「――これは私からの礼です。薄謝……とでも、しておきましょうか。」

 ずっとシャムールがその手から離さなかった、象牙のような黄色みがかった白い石。

 これは……。


「私はね。あの人を最も高い絶頂から、突き落としたかったのですよ。そしてその為に、ありとあらゆる準備して来ました。」

 シャムール……?

「けれども、貴女がして下さったことは、そのどのプランよりも――素晴らしい。」

「………。」

「テッラは、あの人にとって、愛してやまない初恋の人であり、死への恐怖から救ってくれる神のような存在であり――強い憧憬と執着が入り混じった、特別な存在でした。」

「………。」

「ですから、礼です。」

 そう言って微笑み、振動音が響く画廊に、金の髪をなびかせ背を向ける。

「足りるかはわかりませんが、上手く使って下さい。」


 星の数ほどいた蹂躙征服された小国の王女と、皇帝の血を引き継いで産まれた美しい男の子。

 あまりの美しさに、幼い彼が大神殿に留められたのは、父親の寝所に侍らせる為……。

 そんな話を聴いたのは、ずいぶんと後になってからだ。

 世の中の一切の穢れを知らない微笑を浮かべ、大神殿の司祭長まで上り詰めた彼もまた――深い深い復讐心で塗りつぶされたからこそ、あんな穏やかな瞳をしていたのかもしれない。

 

 ただこの時は、どうしてそこまで皇帝を憎んだのかも分からないまま――それでも消えゆく後ろ姿に、私たちも背を向ける。

 罠であろうが、なかろうが。私たちにも、もう残っている時間はなかった。

 

 呆然としているレジデの元に駆け寄り、その腕を取る。

 今ならこの白い石の正体が何だか分かる。

 けれども、不気味に揺れ続ける地下道に、人骨を恐ろしいとも思う余裕なんてない。

 目的の床の上に指輪を投げ置き、レジデ無理やり腕をつかんで、肖像の方に押しやる。

 すると指輪を中心に淡い光が走り出し、小さな魔方陣を描き始めた。


「――…レジデ!!」

 これで逃げられる! そう思ったのも束の間。レジデが強く舌打ちをする。

 ――変化したタイルの魔方陣の色が……微妙に薄い!?

「無理です!発動条件に足りていない!!――必要量に光気が足りないんだ!」

「そんな!」

 ここまで来て、手立てが無いの!?

「――本当に逃げ遅れてしまう!!だから早く!貴女だけでも早く逃げてください!」

 体に感じ続ける振動が、大きくなっている。

 ラ・テルラが遠くに行きながら爆破している筈なのに、この揺れは遠くから続いてきているものじゃない。

 レジデの焦りが強くなり、強く二の腕をつかまれた。

「もう良いんです!――殺された赤子の数は、両の手でも足りない!!こんな子殺しの人間は放っておいて……っ。」


 目の前が、頭が、真っ白になった。

 同時に地下画廊に、パァン!と、低い振動音を引き裂くような音が響く。

「――私を母殺しでは無いと言ったレジデが、自分のことを子殺しと言うなんて、許さない!!」

 自分がレジデを引っぱたいたと言う自覚すら出来ずに、絶叫する。

「私がこの地に来たのは、自分のせいだと――そう思ってるなら、責任とって!!私に生きろと言ったなら――生き抜いて!!」

「――…っ。」

 軋みをあげて痛んだのは心か、それとも体か。


「心に重い罪を犯した人間は、生きる資格がないの?! 永遠に笑ってはいけないの!?――違うでしょう!?」

 生きるということは、そんな単純なことではないんだ。

 醜くて、醜悪で――それを心に抱えて生きていく。

「むしろ。それこそが、生きていくということでしょう!?」

 

 あふれ落ちた涙をぐいっと腕でぬぐい、崩れ落ちかける地下画廊で、半ば呆然としたレジデの首に腕を絡ませ、噛み付くように唇を奪い、舌を絡ませる。

「――!?」

「っ……!」

 つま先だった姿勢でのキスは不安定で。

 高く上げた顎のまま、こくりと喉が鳴る。

 わずかに離した唇の、その隙間から押し出した、たった一つの言葉。

「生きなさい!」

 その一言に全てを込めて伝える。

 

 その時のレジデの表情は見えなくて。

 ただ一際大きな振動に、死ぬ時は一蓮托生だと覚悟を決め、目を閉じる。

 シャムールは上手く使えと言った。

 ならば何か手立てがある筈だ――。

 光気の量なら、私は異世界エネルギーの塊。人骨の欠片で魔方陣に反応があるなら、最悪、私の片手落としたって、2人の命は助かるはず――!

 なら――っ!


 そこまで思って、開いた視界の先。レジデの持っていた懐剣に手を伸ばす。

 咄嗟に引こうとしたレジデに構わずに、一つに結んでいた髪を差し入れ――いっきに髪を引き落とした。

「トーコ?!」

 つぅう!!

 ぶちぶちという不快な音と、頭皮が引きつれる強い痛み。

 顔を近づけ過ぎたせいで、目尻にも熱い痛みが走った。

 流石にすっぱりとはいかずに、それでも切り落とせた髪を、勢いよく指輪の横に投げ入れた。


 劇的に変わる魔方陣の色に、消えた肖像画。

 音も立てずに開いた暗闇。

「トーコ!!」

 そんな希望の暗闇を引き裂き、駆け込む私達を保護するように伸ばされたのは、見覚えのある長い腕。


 ――ファンデールから、わざわざ戻って来てくれたのか。


 本来なら、こんな短期間で戻れるはずも無い――複雑な感情をのせた深い夜の瞳と、群青の髪。

 伸ばされた腕に肩を抱かれた瞬間、思わず涙が出そうになる。

「二人とも、早くしろ!!――崩れ落ちるぞ!!」

 そうして地下道を走り抜け。

 私達はクリストファレスという悪夢から――逃げ去った。



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