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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
162/171

ロアの祝祭 11

 ゆらりとゆらりと立ちのぼる、シャムールの狂気。

 自分の後ろに隠そうとする、レジデの腕に力がこもる。

 今はじめて感じるソレは、皇帝のものよりもずっとどす黒く、重く、気おされて声が出ない。

 対応を間違えれば今すぐにレジデも私も、その矢に胸を貫かれる――そんな現実に、密偵を長く勤めたレジデですら、次の一手が取れずに体を強張らせた。


「レジデール」

 体に感じた二度目の大きな振動に、ふいにシャムールがレジデの名を呼ぶ。

 実験サンプルとして生を許されたレジデと、若くしてこの大神殿の長を務めるシャムール。

 大神殿に育てられた対極の二人が、静かに向き合う。

「お前に特別に、この隠し通路の秘密をお教えしましょうか。……ここは以前、神子姫候補に逃亡されてから、幾つかのカラクリが追加されたのですよ。」

「カラクリ……?」

「ええ。光気を宿したランプもしくは人間が、あの床の上に立つ――その間だけ、隠し扉が開きます。」

 持っていたクロスボウで指した先には、他のタイルとよく似ているけれども、ほんの少し色味が異なる床が、確かにあった。


「何故――俺にそれを教える……。」

 慎重にたずねる声。

「お前にも縁のある話ですからね――。ほんの気まぐれです。特別に、気が向いたのですよ。」

 警戒を解かないレジデに、シャムールが微笑む。

 シャムールが、何故それを教える気になったのかは分からない。

 けれど、その次の言葉に引っ掛かりを覚えた。

「神殿内に、必ず光気が残るようにされた仕掛けです。そもそも、この秘密画廊の扉も、二人が光気を宿していたから開いたのです。」

 その言葉の意味を反復するにしたがって、認めたくない事実が浮かび上がる。

 ねぇ。ちょっと待って……。それって――。

「それってつまり……。」

「二人が全てのカケラを処分した以上、貴女とレジデール。二人が同時に逃げることは出来ない。そういう事です。」

 その言葉に、意味に、愕然とする。

 ――運命は皮肉ですね。

 落雷を思わせる振動音を背に、そう。美しい天使の姿をした悪魔が、微笑んだ。



「行って下さい。」 

 永久にも感じた時は、それでも時間に直せば、ほんの一瞬の出来事だったのだろう。

 迷う事無く、レジデが私を隠し扉に押しやる。

 そしてそのまま、件のタイルを目指そうとするレジデにぎょっとして、

「一人で逃げれるわけ無いでしょう!!」

 そう叫びながら、目の前の腕にしがみついた。


 ここで二人のうちどちらか一人が残るならば、それは迷うことなく――私だ。

 私ならば、絶対に殺されることはない。 

 たとえ皇帝の顔に泥を塗り、脱出に失敗したとしても、『子供を産める可能性のある、記憶のあるテッラ人』を、処刑するかといえば、それは――否だ。

「だからこんな無茶な計画でも、全力で遂行しようと決めたでしょう!? だから先にフォリアを逃がしたんでしょう!?」

 レジデの本気を感じて、焦りながらも必死に言い募る。

 すると、全体重をかけて縋り付いた腕が、ふいに抵抗をなくした。


「貴女がどんな扱いを受けるか想像がつくのに、本当に置いていけるわけ……無いでしょう。」

 苦笑したような、けれどもどこか優しい溜息。

 ずっと私を背中で庇っていたレジデが、ようやっと私を振り返り――目を合わせ、小さく笑う。

 その優しい琥珀の瞳を見つめられたまま、いつの間にか、すがりついていた腕が私の腰にまわった。


「――ぇ……っ?」

 ぐいっと引き寄せられたのに、合わされた柔らかな唇は優しくて。

 縋り付くようなキスでも、粗ぶるようなキスでもなく。情欲を含んだものとも違ったキスは、慈しみが形になったようなもの。

 ほんの一瞬の、ただただ優しいキスに、言葉もなく驚愕していると――そのまま壁に向かって流れるように開放されて、思わず小さくたたらを踏んだ。


「ちょっ、レジデ!!」

 肖像画の額に軽くぶつかながら、慌てて後ろを振り返る。

 けれどももうレジデは私の手の届く距離にはいなくて――。

「それ以上――来ないで。」

 慌てて駆け寄ろうとした私の足を止めたのは、そんな彼の言葉ではなく。

 レジデがどこからか取り出した、小さな懐剣。

 ――いぶした銀の細工の、今の今まで私の胸元に入っていた筈のもの。

「――……――っ!」

 彼のその真意が分かった瞬間、喉から声にならない悲鳴が上がった。


「あと一歩でもこちらに来たら――この場で首を切ります。」

「!!」

 美しい乙女たちの肖像に囲まれて微笑むレジデと、その後方に、最後の審判を見守るシャムール。

 前にも後ろにも進めず、瞬きすら出来ない私に、レジデは微笑む。

「貴女が残って私が逃げるくらいならば、今すぐ此処で自害します。……それが嫌なら、逃げて下さい。」

 あなたは生き延びて。

 優しく笑いながら、そう伝えるレジデの笑顔が。


 ――今までで、一番……。本当に、嬉しそうでっ!!


「ふ、ざけるなぁぁぁぁっ!!」

 怒りと、驚愕と、悲しみと、焦燥と。

 ありとあらゆる強い感情がない交ぜになって、喉から憤怒の叫びが響き渡る。

 遠くから聞こえ続ける振動音も、細い秘密画廊の天井から落ちる漆喰も。

 まるで、私のその叫びのせいで、巻き起こしている――そんな錯覚すら感じても、少し困ったように微笑む彼の様子は変わらない。


「元より最後の仕上げは――このつもりでした。私のしてきた細工は、確かにこれから神子姫に仕立て上げられる少女たちを、救ったかもしれません。……けれど――生れ落ちて殺された『彼ら』のことを思えば、言葉もありません。」

「――っ…!」

 十二の歳から「繁殖」をしていた。その意味。その重さ。

 幾多の赤子を抱いた私には、『彼ら』と言う言葉が指し示す先は――あまりに重い。


 生き残るためには、仕方なかったんだ――。

 人間、自分が一番大切だ。


 ……そう思い込める人ならば、違ったろう。

 思い込めなかった彼は、何を思って生きてきた?

 一日一日と、異国の地で、ランプの部屋で、こんなにも穏やかな瞳になるくらい――。貴方は何を思って生きてきたの……。

 いつの間にか、喉から上がっていた怒りの叫びは、彼方に消え去り――かわりに掠れた空気のような声が、いやだと、小さく繰り返す。


 さぁ。もう、行って下さい。 


「ただの一人も生き残れなかったと聞きました――。ならば、きっとこれが……、彼らへ出来る唯一の罪滅ぼしでしょう。」

 滲む世界の奥で、レジデの持つ銀の先端が持ち上がった。

 

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