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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
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ロアの祝祭 10

 レジデの傷がそこまで深くなかったのは、不幸中の幸いだった。

 私一人で、傷ついた成人男性を抱えて逃げることは、正直無理だ。

 けれど暴行の詳細を「軽い嫌がらせ。」「殺しては不味いという認識が相手にあったらしく、助かりました。」

 そう、あっさり笑って言うレジデに、怒りと共に強く胸が痛む。

 監禁場所にいなかったのは、私たちの脱出がばれたとか、そういう小難しい事ではなく、――見下していた獣人族が反抗したことに対しての、純然たる私刑。

「八つ当たり的な感情もあったのでしょうね。見張りのせいで、ロアの祝祭に参加出来なかったわけですし。」

 軽く肩をすくめて微苦笑する彼に、何とも言えない苦い気持ちが湧き上がった。


「とにかく急ぎましょう。時間がありません」

 秘密画廊の重く古い扉を、レジデと二人で開ける。

 ――ええと、シグルスの言っていたのは……。

 ここは何度来ても、薄ら寒くひやりとした気持ちになる。

 強い焦燥を抱え走りながら、等身大の神子姫の中、確かにたった一人剣を持たないランプだけを掲げる神子姫の肖像画を見つけた。


「これ?」

「多分そうです。ただ――…私もこの通路は使ったことが無いんです。」

 額縁の下、横、上。

 レジデは上がる息を抑えながら、すばやく指を走らせる。

「……――くっ」

 肖像画自体を押してみたり、引いてみたり。

 画の中に何か特別な、隠し扉に通じる何かを探して――…けれども、いつも優しげな微笑を浮かべていた琥珀の瞳が、きつく眉を寄せるにあたって、ついに絶望的な宣告がなされた。

「駄目です。開きません!!」

 開かないって――、そんなっ!

「ちょ、見せて!」


 肖像画のまわりの壁に、直接つけられた額縁。

 たぶん、この額縁ごと開く筈だろうと、二人で額縁の淵や溝に手を這わす。

 けれど確かに――何ひとつ、おかしなところが無い。

 ここが隠し扉だと聞いているのに、どうして!?

「ここが本当に最後の隠し通路なら――。そんな複雑な仕掛けがあるとは思えません。」

 その呻くようなレジデの独白に、笑みを含んだ、玲瓏たる声が答えた。


「たしかに……複雑な仕掛けでは、ありませんよ。」

 まったく気配を感じなかったのに、間近から聞こえた声。

 ぎょっとして、心臓が止まりそうになる。

 この声、シャムール!?

 振り返るより先に、レジデが自分の後ろに私を隠すように、壁の方へと押しやった。

「司祭長っ……!」


『貴女には、我が皇帝を高みに連れて行って頂かなくては、困ります。』

 常に私にそう言い続けていた男が、目の前でいつもと変わらぬ美しさで――、否、いつもよりもさらに冴え渡る美しさで、たたずむ。

 レジデがこれ以上ないほど全身で警戒しているのを、ちりちりと肌で感じる。

「姫ならば、こちらに来ると思っておりましたよ。」

 小首を傾げて流れる金の糸。薔薇色の唇に、白磁の頬。

 小型のクロスボウが、こちらを狙っているのが、あまりに不似合いで。


「レジデール。星屑のランプの中味をどうしました。……あれだけの光気を宿したものを、国外へと持ち出せるはずが無い。――最後まで隠しきれるとは、貴方も思っていないでしょう?」

 左右へと逃げる道も無い一本道の画廊で、その弓矢から逃れるすべはない。

 そしてシャムールから無理やり凶器を取り上げるには――…、流石に遠い。

 突きつけられたこの先の命運に、全身から血の気が引いた。


「――返答が無いならば、それもまた一つの答えと思いましょうか。」

 きりきりとシャムールの手元の凶器が軋みをあげるのを、レジデの背中越しに聞く。

 文字通り盾になることも厭わない彼の後姿に、気がつけば無我夢中で叫んでいた。

「違う、私がやった!レジデは知らない!!」

「っ!トーコ!?」

「光の華の火薬に紛れこませて、渓谷に向かって全て打ち上げた! 時の館のカケラも、全て光気の抜けた残骸。――もう貴方たちが得る術は無いわっ!」


「――…。」

 目を見開いて絶句するシャムール。

 そしてそれを見守る、乙女達の肖像。

 渓谷に打ち上げられた白い砂には、自由意志を奪われた――彼女たち神子姫の人骨も数多く混ざっているはずだ。

「ファンデールに攻め入る事も、精霊の支配による統治も、もう出来ない!――貴方たちは、負けたのよ!」

 その言葉に、言葉を失っていたシャムールが、俯き――やがて、ひそやかな声が聞こえた。


「まさか貴女が本物の『記憶を宿したテッラ人』だとは……、思ってもみませんでしたよ。姫。」


 空気を震わす、ほんの微かな振動。

 それは徐々に大きくなり、やがて、くっくっくっく――と、白磁の人形のように美しく、けれどもどこか壊れたような笑みで笑い出す男に、ぞくりとした恐怖を感じる。

「ほんの一瞬でも一命を取り留めた落ち人で、言語を解した者はいない。なのに――まさか貴女が、やって下さるとは、ね。」

 え?

 後半、言っている意味が分からなくて、思わず訝しげに首をかしげる。

 すると、ズズン!と、遠くから体に感じる鈍い振動と、低い爆発音が聞こえ始めた。


「――っ。」

 ちょっ!もう始まったの!?

 ラ・テルラの宣言通り、次々と脱出経路が爆破されているらしい。

 しかも思ったより、大神殿に近い場所だ!

 けどシャムールは、そんな爆発音も振動も、まったく気にならないのか、

「つまり、この世界で光気を宿しているのは、名実ともに貴女とレジデール二人ですか……。」

 あえぐような、かすれたような、吐息のような声。

 恍惚とした、うっとりとした笑み。


 ――笑顔でこのまま殺される。

 そう思った。

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