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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
160/171

ロアの祝祭 9

「レジデは? レジデールは、どこに保護されているの」

 上がる息で、つっかえつっかえフィーナに問う。

 明るい光の下で見れば、飾り部分を取り払った白い服は、擦り切れボロボロで、元の色すら判別できない。

 汗で肌に張り付いた髪も、抜き身の剣も、今の私は聖女どころか最早鬼女だ。

「あたしが最後に受けた報告では、監禁場所が変わっていて、保護出来なかったと聞いているわ。」

「そんな!」

 一瞬、呼吸が止まり、最悪の事態が脳裏をかすめる。でも。

 ――違う!まだ絶対、殺されてない!

 何故か確信があった。

 肩で息をしていたのも忘れ、ふらりと抜き身の剣を持ったまま大理石の床を蹴り、目的の扉を探す。

 星屑のランプを集めていたあの部屋。――絶対。あそこだ!


 体当たりをするようにして開いた大扉の向こう。やはり、そこに彼はいた。

 けれど思いも掛けない情景に、一瞬、思考が止まる。

 うなだれ椅子に座った手足に見えるのは大きな鎖。最後に会った夜には無かった、鞭による打撲あと。

 そしてその横に、無表情の――リルファがいた。

「―――!」

 絶句する私の横を駆け抜けた朱赤の影が、その勢いで大剣を振りかぶる。

 静止の声どころか、悲鳴すら間に合う筈も無い。

 フィーナは優秀な猟犬。丸腰の女相手に、失敗するはずも無くて。

 リルファの確定した未来を見たくなくて、咄嗟に強く俯いた私の耳に、――強い金属音と制止の声が響いた。


「待って下さい!!」

「………――。」

 振り下ろしたフィーナの剣を受け止めたのは、一本の鎖。

「違います。逆です!彼女は拘束を外しに来てくれたんです!」

 俯いていたと思った彼の手に、握り締めた長く太い鎖。

 そしてその手首には、何もついていない。

 リルファが、どうして……。

「邪魔者は排除する。――それだけだ」

 一切の感情を忘れたような冷たい声に、レジデは彼女を殺める必要は無いと、剣を受け止めた鎖越しに必死に抵抗する。

「確かに……彼女は、味方では無いかもしれません。けれども、敵でもありません!」

 目を伏せたままのリルファと、冷徹な男の表情をするフィーナ。

 鎖がたてる重い音だけが、静かに響いた。


「――。まぁ。良いわ。」

 ふいに紫の双眸の光が緩んで、フィーナの口調ががらりと元の口調へと戻る。

 まるで重さを感じない動作で、剣をしまうと、ひょいと肩をすくめる。

「別に好んで殺傷したいわけじゃ無いし。」

 時間がもったいないわね。そう言ってふふりと笑う。

「じゃあ、この子。もらって行くわよ。――良いわね。」

 この子。

 長身のフィーナにかかれば、レジデも私も、まるで猫の子の扱いだ。


「……リルファ。」

 何て言って良いか分からなくて、無言で目を伏せたままのリルファの名を呼ぶ。

 彼女は女官長として、誰よりも私の行動を拘束・管理した人間だ。

 そして、決してあなたを許しませんと、レジデールに声高らかに宣言した人でもある。

 ……それでも、要所要所で私の気持ちを汲んでくれたのも、また彼女だ。

 私の声に、無表情だった彼女の顔が、泣きそうに歪み、深々と頭を下げる。

 揺れた瞳に見えた強い葛藤と、疲労の色濃い顔。 

 結局、一言も言葉を交わすことのなく、部屋を出る。

 それでも確かに、「申し訳ありません」と、彼女の気持ちを聴いた気がした。


 * * *


「こちらです!」

 傷を負ったレジデを連れて、秘密画廊に向かう。

 地上の道を塞いだとはいえ、完全には無人とは言えなくて。

 特権を持つラ・テルラと、王宮の兵士の姿をしているフィーナ。

 本来ならば、最も信者たちが油断してくれる二人組みだ。

 けれど、鬼気迫る姿の私と裏切り者のレジデールを連れていては、流石に意味はない。

 現状、全く肉弾戦に役立たない三人を連れ、剣を振るうのはフィーナひとり。

 徐々に増える相手に、焦りがにじみ始めた。


「この先はあんた達だけで行きなさい。」

 どさり、と三人がかりで襲ってきた僧兵を倒してから、フィーナは言う。

「あたしがここを食い止めるわ。一人なら、ごまかしも聞くしね。」

 あでやかなウインクと共にそう言って、最初にフィーナが別れた。

 そして、

「ならば、私も城下町から登る道を塞ぎつつ、別経路から逃げましょう。王宮からの道はほぼ塞いだとはいえ、山の裾野に広がる城下町から攻め登られたら、危険でしょうし。」

 神殿の抜け道を縦横無尽に渡り歩けるラ・テルラも、思案顔で手持ちの袋の中身を確認して、目を細める。


 利害が一致したとは言え、彼自身、この国を出るのは相当困難になってしまったろう。

 今は情報が止まっているとは言え、流石に国の一大事。

 指名手配がかかるのは必須だ。

「ここまで、ありがとう。」

 私が差し出した手を、白く大きな手が握り返す。

 彼がいなければ、ここまでこれなかったのは確かだ。

「お会いできて嬉しかったですよ、レディ。――麗しの方に、よろしくお伝えください。」

「…――麗しの、?」

 言葉は分かれど意味が分からず、ぽかんとする。

 すると、異国の男は目を糸のように細め、猫のように笑った。


「はい。『確かに姫はお返しした』と、――そうお伝え下さい。」

 !!

「ちょっ、……もしかして、――貴方、本当は……、誰かに、頼まれてきていたの?」 

 混乱したままの私と、レジデが顔を見合わせる。

 シグルス達だろうか?

 いや。違う。

 彼ならば、――今回に限って言えばだけど――、こんな大切な話をしないとは思えない。


「ロワン魔術師の所にもぐりこませた一族の人間を、見抜かれていましてね。そこ経由で、直ぐに彼女につかまりました。あの子もずいぶんと彼女に心酔していましたし、私も彼女には興味があった。麗しい、――宝玉のような方でした。」

 まるで人に説明する気が無い、夢を見るような発言。

 それでもその発言に、ある情景を思い至って、息を呑む。

 ロワン、見抜かれる、あの子。シルヴィアの古塔で見た……赤毛のワンコ!

 じゃぁ、まさか。もしかして――。


「意識を取り戻しましたよ。」

 面白そうに、くすくすと笑う笑い声を聞きながら、それでも身もだえするほどの歓喜が襲う。

 彼女が、シルヴィアが、意識を取り戻したんだ!

「私を個人的に取り込むために、孤高のシルヴィアとして、連絡してきたのです。――貴方を助けるために、ただの一声で、国家予算並みの魔石を用意したのは、圧巻の一言でしたねぇ。」

 そうか、意識が戻ったんだ。

 思わず目じりに浮かんだ涙を、あわてて瞬きで散らす。

 そんな私に男は真顔になって、握手したままの手をもう一度強く握る。

 

「正直、私は最後まで迷っていましたよ。レディ。――麗しの方からの依頼は、この国を捨てるほどの旨みはあるのかと。」

 彼にとっても、あまりに大きな決断だったのだろう。

 握られたその手から、一族を担う男の苦悩や葛藤、そして強い思いが流れ込んでくる。

「落ち着きましたら、必ずテッラの光の華の話を聞かせてください。――私が地上に光の華を咲かせたくなる前に。」

 我が一族の命運、貴女に託しました。

 初めて聞く真剣な声に、真摯に頷く。

 そうして秘炎のラ・テルラと私たちは、別れた。

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