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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
159/171

ロアの祝祭 8

 剣を真っ直ぐ構え直す。

 兵士達の後ろには、ほんの少しレンガの色の違う壁。

「どけえぇぇえっ!!」

 塔内に響く絶叫に、一番手前。赤い髪の兵士が動いた。

「ぅ―…くっ!!」

 上階から全体重をかけた剣を、持っていた剣で簡単に絡め、すくい上げられる。

 元より持ちなれていなかった剣は、あっという間に私の手を離れ、一瞬で拘束された。


 身じろぎする耳に、強い殴打の音と、どさりと人が倒れる音。

 ――ラ・テルラもやられたの?!

 あと少し、あと少しなのに!!

 悔しさで、目の前が真っ赤に染まる。 

 焦りと悔しさの傍ら、どこかキンと冷えた脳裏で覚悟を決める。

 腹に力をこめ、拘束した男ごと螺旋階段の内側に、全体重、力をかける。

 もう地上に近い。――落ちたとしても、三階程度の高さだ。

 打ち所が悪ければ、即死もありえる高さだとは言え…――だとしても、このまま拘束されるくらいなら!!


「ちょっと。危ないじゃないの。」 

 ――………え?

 耳朶をくすぐる、くすくすとした笑い声。

「意外とじゃじゃ馬だったのね。そう言うの好きよぉ」

 場違いな発言は、緊張のあまりの幻聴だろうか。

 本気でそんなことを思った。


 思わず力を抜いて、拘束する男を見上げる。

 束ねられた髪は、燃えるような朱赤。アメジストの瞳。

 何処か見覚えのある声と、彫りの深い顔立ち。

 そして後ろにきょとんと立つラ・テルラと、倒れ伏す兵士たち。

 え……っと?

「はぁい。ようやく会えたわね。」

 場違いな色気たっぷりなウインクと、ぞくりとする艶やかな微笑み。

 何かを思い出させる首をかしげる仕草、そして何よりもアーランと呼んだこの声。

「もしかして、フィー…ナ?」

 それはこの世界で初めて見た、艶やかな美女だった。



 待て待て待て。

 今がどう言う時か忘れ、思わず一瞬絶句する。

 抱きしめられているから分かるけど、目の前の王宮の兵士の姿をしている人間は――、間違いなく、男性だ。

 幾らなんでも男装したとかのレベルじゃない。

 白い肌に、濃淡のある長い髪がよく似合うイイ男。

 けれど、娼館で抱きしめられたフェロモン美女も、確実に女だったよ?!


 目を白黒させる私の前で、手早く倒れた兵士たちを足で退かして、変色した壁を触る。

 シグルスから聞いていた、王宮から大神殿に伝わる隠し通路だ。

 それを難なく開いた男は、無表情ならシグルスと同系の顔立ちに、くすっと艶やかな笑みを浮かべて振り返る。

「あたしは獣人族の変種ね。珍しいっちゃ、珍しいわよね。――こうして男であり、女にもなれる。――…しかし、テッラ人ほど珍しいとは思わないがな。」

 途中まで記憶のフィーナの声。

 そして後半は似ているけれど、紛れもなく低い男の声だ。


「つまりは、貴方も猟犬なの?」

「そ。正解~。 さ、行くわよ。時間、無いでしょ。」

 確かにそうだ。

 押し問答しているような、そんな時間は無い。

 目を丸くしていたラ・テルラも、これには同意した。

 ガチャリと内部から鍵をかけて、三人で一気に隠し通路を走り抜ける。

 狭く、暗く、何よりも勾配が酷い。

 歩いてたって転びそうな道を、それでも無我夢中で走り続ける。


 そんな大神殿への抜け道の、半分も来ただろうか。

 その抜け道の一角で、男が制した。

「待ってください。レディ。」

 かすれた声。

 フィーナはともかく、私とラ・テルラの息は荒い。

 山中に幾つも張り巡らされた抜け道の、ここはもっとも地表に近い場所なのか。

 明り取りの為に空けられている隙間から、朝の光がにじんでいた。


「それは?」

「小規模の時限爆弾です。道を塞ぎます。」

 肩で息をしながら床に座り、がさごそと、異国風の衣装の袂からいくつもの小さな袋を取り出す。

「――ソレ、大丈夫なの?……あたし達のいる通路ごとペチャンコになったら、困るんだけど。」

 フィーナの眉が小さく寄る。

 固い岩盤をくり貫いている場所もあるけれど、抜け道にはレンガで補強されている箇所も多い。

 爆発の振動で逃げている途中の道が崩れてきたら……洒落にならないよ。

 最悪、一瞬で圧死の可能性もある。

 フィーナが慎重になるのも、もっともだ。


「それは信用してもらうしか無いですね。少なくとも、私もここで捕まれば死刑。……とは言え、このまま走って逃げきるには、体力にはいささか自信がありませんしねぇ。」

 うっ。……確かに。

 喉の奥はひりつき、ガンガンと煩い鼓動は、そのまま自分の頭も揺さぶる。

 特にこちらに来てから、酷い体力の低下を自覚している私も、その発言には目が泳いだ。

「何、二人ともなの?」

 だらしないわねぇと言われても、一族ごと引き篭もり中の男と、絶賛軟禁生活の私だ。

 こちらの世界の標準体力なんて、到底ない。


「分かったわ。アーラン、決めて。」

 それは、彼の技術力を信じることなのか、覚悟を決めろということだったのか。

 分からないまま、それでも即座に頷く。

 明らかにフィーナの足手まといになっている私達の速度を考えれば、後ろからの追撃は何よりも怖かったし――、人柄はともかく、彼の技術力を信頼出来ないならば、今回の脱出劇はそもそも成功しないのだ。


 結果、この判断がよかった。

 既に朝日を合図に、シグルス達が人工的に起こした雪崩で、地上の道は塞がれていた。

 さらに地下道を破壊されてしまえば、王宮のやつらはなすすべは無い。

 警備の為に、王宮に殆どの兵士が集まっていたのも功を制して、私達が大神殿に出た時。そこは殆ど無人状態だった。

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