ロアの祝祭 7
五本の塔の中は、古典的な螺旋階段。
下部には小さな部屋はあるものの、基本的には逃げ道はない。
それでも迷わず下まで走り抜ける。
「神子姫さま?!」
塔の内部で待機していた信者たちを、上階からの勢いと、槍上に携えた剣で薙ぎ払う。
皇帝から奪った剣は、装飾を施した殆ど飾りの剣。
けれど、丸腰の信者たちが立ち向かえる程ではないよ!
この塔の直下は、もとより厳戒態勢が敷かれていて、立入禁止区域だ。
警備の者たちが駆け寄るにも、ほんの少しの時間がある。
――塔内部に待機している世話係の配置は……あと二箇所!
何とか間に合うか?!
「レディ!こちらです!」
階下から声を張り上げたのは、厳戒態勢の王宮を無尽蔵に渡り歩く男。
何食わぬ顔をして塔の内部に紛れ込んだのか、横にはぐったりと倒れた信者の姿が見える。
――相変わらず抜け目ない。
思わず小さく笑みが浮かんだ。
今回の脱出劇の一番の不確定要素でもあり、私がした一世一代の賭け。
それはシグルスと再会したあの日。この男にテッラ人だと打ち明けて、再度脱出の協力を仰いだ事だった。
* * *
「非常に満足の行く結果が出ました。」
シグルスが消え、東屋で食事を取り終わる頃。
上機嫌のラ・テルラが戻ってきた。
手には幾つかの紙束と、何故か幾つものケーキが乗る大皿。
唖然とする私の横で、男は幸せそうにブランチという名の大量スイーツを食べ始める。
「――…甘いの、お好きなんですか?」
それ、どう考えたって尋常な量じゃないよ?
「私たちの大陸では、甘い果物はありますが砂糖は取れません。これはこちらに来た時の楽しみの一つですねぇ。」
黒光りするチョコレートケーキ。
鮮やかなフルーツタルト。
ふわふわのムースを次々と平らげながら、男は嬉しそうに微笑む。
それを見ながら、覚悟を決めた。
「……南大陸なのに、砂糖が取れないんですか?」
「?」
「こちらの世界にテンサイやサトウキビがあるかは分かりませんが、椰子があるのは知ってます。椰子から作れますよ。砂糖。」
ひっそりと深呼吸をしてから続けた私の言葉に、ぽかんと男は視線を上げる。
「椰子から、砂糖……?」
「ええ。それに甘いだけで良いならば、さつま芋やジャガイモなどから水飴ならば簡単に作れますし。」
絶句するラ・テルラに肩をすくめ、そ知らぬ顔で紅茶を入れながら、簡単な水飴の作り方を説明する。
要はでん粉があれば、何からだって作れる。温度管理を間違えなければ、子供にだって作れる筈だ。
現代の子供たちは食物アレルギーの子が多い。
だから受け持った子の中にも、アナフィラキシーショックを起こすような子が何人かいた。
卵・牛乳・小麦といった生活でよく口にするような物から、甲殻類や南国のフルーツまで。
本当に多種多様な食物アレルギーが存在する。
「――だから論文を書くときに、調べたことがあるんですよ。」
混乱したままのラ・テルラを余所に、昔の記憶を懐かしくたどる。
サトウキビからとった砂糖が食べれない、イネ科のアレルギーの子のおやつの作り方。
甘味料は水飴を使って考えたっけ。
「他にも添加物や卵が駄目な子の食べれる、ウインナーの作り方とかもありましたよ。ボツリヌス菌が怖いので、硝石も入れてね。」
アレルギーという、聞きなれない単語に更に眉を寄せる男の前に、微笑みながら紅茶を差し出す。
「ボツリ……?硝石?」
「ええ。こちらの世界で何というか知りませんが、硝石は貴方も馴染みがあると思いますよ?」
「――なんせ、木炭と硫黄を混ぜれば、黒色火薬になる筈ですから。」
「なっ!」
私の一言に、ガシャン!と、大きな音を立てて、渡したティカップは男の手を離れて二つに割れる。
微笑む私と、驚愕に固まる男と。
白いテーブルクロスに広がる染みが、まるで男の心中に広がる疑惑のように見えた。
「私は代わりになりませんか?」
異国の衣装を揺らす、一陣の風の中。覚悟を持ってその言葉を紡ぎだす。
秘炎のラ・テルラ。
ファンデールの人間でも、クリストファレスの人間でもない、唯一の人間。
侵略戦争の鍵のひとつが、私と麻衣子だったとするならば、もうひとつの鍵は、確実にこの男だ。
火薬の製造は、秘中の秘。保護されるべき国益とも言える技術。
――けれどもそれは、一族全員を人質に取られているに他ならない。
「私の知識は、貴方が欲した桃色の結晶の、タリクーンの宝玉よりも珍しいと思って頂けませんか?」
彼を取り込めるか、否か。
それはきっと、この先の運命を変える、一手。
隠れても、逃げても、大事な幾人かを守れないならば――、この身を剣に代えて、国ごと守ってみせる。
戦争自体を、止めてやる。
* * *
そうして私は彼を得た。
あの時の会話をシグルス達の組織が聞いていたかは……分からない。
聞いていなかったとしても、テッラ人だと言うことは、ファンデールにも程なくばれるだろう。
テッラの記憶の有無が問題になるかは、正直考えたくも無い。
けれど、もう既に私たちが隠し通せる段階は、とうに過ぎたのだと思った。
「迎えに来てくれたんですね。」
頼んだのは光の華と、幾つかの仕掛け。
まさか塔内部まで来てくれるとは思わなかった。
「私もレディと一連託生です。私だけ早々逃げて、貴女を得られないのであれば、何も益は無いですしねぇ。」
笑いながら駆け下りながらも、あたりを警戒する猫の様に、素早く目を走らせる。
「この先、あと一箇所です!」
もう少し!
――けれども。
「いたぞ!!」
しまった!
明らかに信者では無い、王宮の兵士が一、二……四人も!!
丸腰の男を不意打ちで倒すのとは、訳が違う。相手は帯剣した男たち。
けど捕まるわけには――行かないのよ!!




