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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
157/171

ロアの祝祭 6

 この世界に来て、しみじみ思ったことがある。

 今までの生活は、見知った気になっていたものばかりで、本当は何も分かってなかったのだと言うこと。

 体感していない物なんて、所詮は空想と同じで。

 ――少なくとも。映画で幾度も見たような群衆を見下ろすこの場に立って、初めて人の声がこんなにも力を持つものだと知った


 今私はひとり、一本の塔の上に立つ。

 冬を象徴する漆黒の空は白みはじめ、渓谷と山間にたなびく雲に、複雑な色合いを投げかける。

 その空と雪の残る険しい山を縦に切り裂くのは、五本の白い柱。

 クリストファレスの王城の象徴とも言える、そびえ立つ五本の優美な塔だ。


 皇帝の演説に沸いていた群衆が、私の登場と共に歓喜の声を上げ、次々と平伏する。

 それを一瞥してから、今日のこの日のために渡された、五本の塔を連結している、細長い銀の橋に足を踏み入れる。

 段々と白み始める空。

 白銀の橋を渡り、最も高い中央の塔に向かう神子姫と、皇帝。

 それはこの世の神である皇帝と、この地に落とされたアランタトルが、共に高みに登る象徴だ。


 美しくも荘厳な情景は、朝の光と、早春の冷たい空気を利用した、計算され尽くした一大パフォーマンス。

 ずっしりと重い、白銀の神子姫の衣装を身につけたまま、ゆっくり中央の塔にたどり着く。

 すると、同時に反対側からきた皇帝と、しっかり目があった。

 この中空に渡された美しい吊橋も、朝の冷たい空気も、年寄りにはさぞかしキツイだろうに。

 それとも、このくらいのハッタリをこなすことも含めての施政者なのか。

 皇帝の炯炯とした瞳に、紛れもない極上の歓喜の色を見た。


 本来は、ここで皇帝に私の持つ剣を、そして彼の持つランプを交換し、新世代の神子姫として祝詞をあげ、終了だ。

 けれども、私の姿を舐め回すように見た老人は、喉元の魔石を握りこみ、喉で笑う。

 お互いの喉元につけられたチョーカーは、あちらの世界で言う集音マイク。

 この塔にしかけられた魔法陣と連動して、クリストファレスの全教会のアランタトルの像から二人の声を全土に届けるのだ。


「随分と見られる姿になったの。これならば白痴でもかまうまい。ファンデールが我が手に落ちる前祝いとして、今宵はお前を侍らせよう。様々な肌の男たちに蹂躙させるのも、面白いかもしれんの。」

 喉元の音声を切った状態で、恍惚の表情でにたりと笑う。


 けれども。

「欲をかきすぎた愚かな人間は、どの世界でも末路は決まっているものーー。」

 群集を満足そうに見渡していた皇帝が、微笑む私の声に、訝しげに振り返る。

「私はテッラには帰らない。そして貴方も、テッラには行くことは出来ない。」

 塔の上で、静かな私の声は風に溶けて消える。

 それでも少しは聞こえたのだろうか。

「白痴の世迷言か?」

 眉を寄せる皇帝の不快そうな顔と、ほんの少しの動揺の色。

 それらを見てから、喉元の魔石から手を離し、星のランプを捧げ持った。


 ――時は満ちた


 水を打ったように静まる人々に、魔法によって伝えられる私の声が、さざ波のように広がる。

 それはこの場だけでなく、全てのアランタトルの像を介して、クリストファレス全土に広がっていく。

 一滴の雨粒が起こした波紋が、遠くまで広がるように、それはもう止めることは出来ない。


 ――我、人の子の身を借りて、この大地に降り立ち、悠久の時が流れた。

 ――そして今。時は満ちた。


 予定と違う発言に、皇帝が目を見開く。  

「おぬし、一体何を――」

 けれども彼の声は、先ほどまでと違い、喉元の魔石はその音を群集に届けない。

 動揺する皇帝を微笑みながら横目で見て、手渡すはずの覇者の剣を天高く突き上げる。

 それは昇り始めた朝日の光を跳ね返し、群集に一条の光をなげかける。 


 ――偽りの覇者に呪い穢された、この地に真の祝福を!

 腹の底から沸きあがる声に、どぉん!と、遠くから大きな振動音が聞こえる。


 ――そして、この地の精霊達に真の自由を!

 どおぉん!どおん!と、ぱらぱらと言う音の合間に、次々と空にはぜる音。


 ……約束は守られた。

 その事実に、思わず桜色に塗られた口角があがる。


 ――我の名を語り、我らの眷属を貶めた者たちよ!

 ――汝らに神々の鉄槌を下し、我らが同胞に、真の解放をここに宣言する。


 まだ夜の色が残る西の空に上がった、光の華。

 どうやら彼は、白一色の花火と言うのを早速試してみたらしい。

 発言の内容に混乱する信者と、美しい光の華に神の力を見る者と。

 爆発の衝撃で、細い塔の手すりにすがる皇帝に、喉元の魔石を投げ捨ててから、これ以上ない程艶やかに笑いかける。


「貴方に残酷な真実を。テッラに貴方の望む魔法は、存在しない。――テッラ人の私が言うのだから、本当よ?」

 皺だらけの顔の、にごった瞳が見開かれる。

「お主……っ、まさかっ」

 何か言いかけた皇帝の声は、ひときわ大きな花火の連発に紛れ、私の耳には届かない。

 こちらの世界の人には夢のような、不恰好なスターマイン。

 これは、彼からの終了の合図なのか。


 信者の視線がスターマインに眩んだ瞬間。

 皇帝に痺れ薬を投げつけ、塔の中に入る。

 重い神子姫の衣装を投げ捨て、手には儀式用の覇者の剣。


 さあ!逃げるぞ!!



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