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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
154/171

ロアの祝祭 3

「貴方は、クリストファレスのスパイだったの?」

 厳重に監禁されていたフォリアが、忽然と煙のように消えた翌朝。

 私は神殿の裏手の一角で、ラ・テルラに問いかける。

 まだ雪の残る美しい峡谷を臨むように、大きく広がるテラス。

 切り立った山の中腹に建てられた大神殿は、その構造上、裏手にまわると絶壁の崖と絶景が広がっている。

 そしてそこに張られた異国風の天幕の中には、信じられない事に、私と彼と二人しかいなかった。

「レディ以外の人間に、傍にいられるのは困りますねぇ。」

 ラ・テルラはその一言で、他者の視界をふさぎ、声も聞こえぬようにと、見張りの兵士達すら、天幕から離れた距離に立たせたのだ。

『こちらの世界で火薬の地位が低い』

 そう思っていたけれど、少なくとも教団内では違うのかもしれないな。


「私の生国は、そもそも大陸からして違います。中央大陸の小競り合いにはあまり興味がありませんねぇ。」

 無骨な金属の蝶番と、難解な南京錠。

 まるで海に沈められた宝箱のような木箱から、なめし皮や油紙に包まれた様々な道具が、手品のように卓上に並べられる。

 ぼーっとみていたけれど、その中には火薬もある筈だと思い至り、無意識に手元にあったランプを他の机の上に置く。

 すると、そんな私をラ・テルラが愉快そうに見ていた。


「決してレディの素性を詮索するなと言われていますが、レディが一体どこで火薬の特性を知ったのか……。それは非常に興味があります。許されるなら生国に連れて帰りたいくらいですよ。」

 勘弁してよ。

 その無邪気な言い様に、イラっとする。誘拐、監禁はもう飽き飽きだ。

「貴方は――何故、侵略に手を貸すの?」

 大体、徒歩と馬が重要な移動手段のこの世界で、どうやって南大陸から中央大陸の北方の国と誼を通じるのだ。

 男は私の強い不信感と警戒心を気にもせず、相変わらず楽しげにくすくすと笑う。

「詮索は厳禁ですよ。レディ」

 好奇心、猫を殺す。

 こちらの世界での、それに近しい格言を返されたって、そんなの知らないよ。

「それは貴方の事情でしょう。それとも、私が貴方の素性を詮索するのも禁止なの?」

 眉間に皺が寄ったまま問いかけると、金属の七つ道具を取り出していた男の手が止まり、ぽかんと顔を上げた。


「……レディの素性を詮索するなとは言われていましたが――、私の素性を話すなとは、確かに、言われてませんねぇ。」

 子どものような表情にぞくりとする。

 無表情の灰色狼も、微笑のシャムール・ギザエットも、何を考えているのか読めない男たちだった。

 けれども、目の前の男性はそれとはまた違う――何をしだすか分からない種類の怖さがあった。


「ふむ。……いいでしょう。いいでしょう。」

 暫くの沈黙の後、何故だか話す気になったらしい男が、楽しげに頷きながら作業を続けだす。

 え?何。

「――…ラ・テルラとは、私の一族の惣領に許された名。そして海を渡る事は、惣領に許された特権の一つです。」

「海を渡るのが……、特権?」

「はい。一族の人間は、外に出る事を許されません。――ですが、新たな鉱石を持ち帰ることは、大切な仕事の一つ。だから惣領と魔石・鉱石の産出国には、幾つか繋がりがあるのですよ、レディ。」

 中世でガラス職人が一箇所に監禁されたのは、イタリアのベニスだっけ?

 技術流出を避けるため、決して外に出る事を許されなかった職人達と、その家族を思い出す。

 

「春祭りの象徴、タリクーンの宝玉を式典でご覧になりましたか。今年の宝玉を最後に納めるのは、クリストファレス。こんなチャンスは、早々ありません。」

 その名は確か、南方の国から祭りと共に北上していく桃色の宝玉の名。刻々と色を深めていく、魅惑の結晶。

 あの宝玉が納められる国は、毎年違うと聞いた。

 つまり、あの宝玉と交換で、ラ・テルラは火薬技術を提供するの?

「一族の長ならば、その殺傷力も知っているでしょう?確かに珍しい宝玉なのかもしれないけど、何故、そんな安易に……。」

「――逆ですよ、レディ。」

「え?」

「火薬技術には、大金が掛かりますからねぇ。魔石をすり潰して戦争に使うなど、常識で言うならば、正気の沙汰ではありません。――けれども、この国はそれを望んだ。それは我らにとって、チャンス。」

「チャンス――」

「火薬の殺傷力は凄まじい。それを生国から最も遠く、原料を産出する国が、火薬を多量に使う戦術を試みたいと言う。――実験場としてこれほど望ましい状況は、中々無いですねぇ。」

 にこやかな笑顔に、絶句する。

 つまり、火薬を戦争に使いたがる国を、待っていたという事?


「勿論。……逆に問いますが、レディは他民族、他国、他大陸の戦争が、我が身のことのように思えますか?」

「それは――」

 元より倫理感が薄そうな、子供の残忍さを持ち合わせている男が、心底楽しそうに笑う。

「あえて言うならば、火薬を使う量は少量。爆破対象は人間ではなく建築物。――ならば、私の技術は、大量殺人の兵器では無く、間接的な戦術の一つにしかなりません。……痛める心も、戸惑いも、ありませんねぇ。」

「………っ」

 彼の言葉を欺瞞だと、子どもの正義感を持って詰れるほど、無邪気な歳でもない。

 仕事で小さな子ども達に平和を説きながらも……、自分だって、地球の反対側の戦争を、わが身の事のように思える能力は無かった。

 それでも彼のその発言には、言いようの無い強い不快感が残った。


「少し下がっていて下さい。少量のものから、始めます。」

 話している間に、調合が終わったらしい。

 床に置いた石の器に、小さな紙包み。

「……っ!」

 ドン!という、強い衝撃を覚悟した私の前で、導火線からの火種を取り込んだ紙包みはぼわりと小さな音を立て、勢い良くメラメラと燃え――直ぐに収まる。

 正直、呆気ない感じ?

 まるで、食用油をキッチンペーパーに含ませて燃やす実験みたいで、思わず気勢を削がれる。

 量をかえた火薬包みを次々と燃やすラ・テルラが、そんな私の様子に、くすくすと笑った。


「本当にレディは、不思議な人ですねぇ。――…火薬の怖さ。爆発の衝撃。それらを知っている人間の動きだ。」

「――…。」

「それらをどこで知ったのか、興味が無いといえば嘘です。」

「――………。」

 ぼわり、ぼわりと、様々な色を出しながら、時に小さく、時に激しく燃える紙包みを見つめながら、糸のような男の目が更に細くなる。

 火薬が普及していないのであれば、危険性も知らない。そういう事なのだろう。

「――ここから逃がしてくれれば、いくらでも教えてあげるわ。」

 思わず静かに呟いた私を、ほんの少し驚いたように見つめた男は、小さく小首を傾げてから、くすりと笑う。

「嫌です。」

「………。」

「レディが本当の事を言うか確かめる術が無い以上、それは取引にはなりません。」

 地上に花を咲かせることも、また魅力的。

 そう笑いながら、最後の紙包みを火にかけた。

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