ロアの祝祭 2
「で。どう思う?」
もふもふ。
「ラ・テルラ……ですか――。」
「うん。」
ふわふわ。
「確か南大陸に、有名な……火薬を扱う一族がいた筈です。火薬を自在に扱えるとしたら――、彼らしかいないでしょう。」
「有名なの?」
ぺたぺた。
「あ。はい。火薬の製造と扱いは、秘中の秘――。中央大陸とは異なる精霊が動いている南大陸の話はあまり詳しくありませんが、それでも火薬が高額で取引されていることは聞いた事があります。」
「何で南大陸だけ、火薬文化が花開いたのかな。」
むに。むにむにむに~~~~っ。
「それは……この国とは違った意味で、精霊が上手く動かないと聞いたことがありますが――。で、あの……、トーコ。」
異世界エネルギーだの、火の精霊だの、こちらの常識はよくわからない。
けれども普通に考えて、私が傍にいたら火薬が焔硝反応を起こさない……なんて事は、ありえない――。
それは人骨が横にあっても同じ事。
――てことは、つまり……。
「ですからっ……。トーコ!」
「はい?」
なに。良い所なのに。
深く思考の海に沈んだ私を、焦ったような声が攫う。
腕の中には、もふもふの毛並み。
ビロードのようなお耳と、尻尾の肌触りは、癖になりそうな感触だ。
先日と同じ天蓋つきのベッドの上で、触りたくて触りたくて仕方がなかった、極上のぬいぐるみを後ろから抱え込む。
そんな至福な私に、ぬいぐるみ本人……こと、レジデから抗議の声が上がった。
「確かに――獣人化を提案したのは私です。が……。その、ここまで撫で回される必要性を――感じないのですが、」
腕の中の愛らしいもふもふが、魅惑のヴァリトンボイスで狼狽を表明する。
「あります。癒しです。アニマルセラピーです。ふわもこです。」
そんな彼の顔を後ろから、真っ剣っに覗き込む。
と、勢いに気圧されたように、しっぽがぴんと立ち上がり、代わりに三角錐のお耳がきゅっと両端下がった。
「あ……。そう、ですか。――はい。その、では、ご自由に。」
琥珀のつぶらな瞳が、困惑のまま虚空を見るけど、私の手は止まらない。
もっふ、もっふ、もっふと、愛らしい姿を後ろから抱かかえたまま、ふわふわの頭の上に顎を乗せて、温かな毛並みを楽しむ。
と、何だかそれだけで、心の何処かがほぐれてくる気がした。
立会いの時にも、その後の手紙を託された時も、この寝台の上で素肌を晒した。
流石に、緊張するなと言う方が無理だよ。
薄い夜着の下に、一つだけつけられた赤い華をレジデに見せたくない――。
けれども手紙を託せたことだけでも、伝えたい――。
寝台の上に上がった二人を確認してリルファが出て行った後。そんな葛藤を胸に固まる私をみて、レジデが穏やかに笑い、獣人化してくれたのだ。
誰もいないとは言え、同じ寝台の上で膝突き合わせて作戦を練るのは落ち着かないですよね――と。
暖かな毛並みに後ろから抱きついたまま、今後の事を考え続ける。
私や麻衣子に『充電』させるために、クリストファレス中から集めた星屑のランプ。
今尚、星屑のランプの部屋に燦然と輝くその人骨を、一体いつファンデールに運び込むのだろうか……。
夢中で考えながらも、こうして彼の姿を見て、私はこの姿の彼に会いたかったんだと、改めて思う。
そうして、暖かな尻尾をモフモフ・むにむにし続けながら考えていると、腕の中で愛らしいレジデが、小さく私の名を呼びながら、疲れたようなため息を落とした。
――ん?どしたの?
不思議に思って下を向くと、振り向きざまの琥珀の瞳と目が合う。
上目遣いが可愛らしい。
そんな私を魅了し続ける猫の姿のまま、魅惑のヴァリトンボイスが一言呟いた。
「程ほどにしないと……、戻りますよ?」
意味を理解して、ビキッと身体が固まる。
あの夜耳元で聞いたような、いつもより少し低めの声に、腕の中でなでくり回している愛らしい物体の、本来の姿が脳裏を駆け巡る。
ぶかぶかの白いシーツを巻きつけた、大きなふわふわのこの姿。この姿は……。
ゴメンナサイ。ほんっと、ごめんなさい。
具体的に想像して顔に血が上った私を見て、レジデがくすりと笑う。
「種族によっては触られるのを厭う場所がありますしね。むやみやたらに触らない方が良い。」
ああ、そうなのか。
私の腕の中から逃げ出した、久々に見るレジデ先生にこくこく頷くと、あの懐かしい笑顔でふわりと笑う。
「覚えておいた方が良いですよ。特に貴女は警戒心が強い割に――、無防備だから。」
ん?
何となく既視感のある発言。
昔、誰かに同じこと、言われなかった――?
疑問に小首を傾げた瞬間、ドンドンドン!と強く扉を叩く音がする。
「非常事態だ!開け申せ!」
こちら側の扉では無い。廊下側の扉を強く叩く音に、びくっと身体をすくめて扉を見つめる。
何があった――!?
ガチャガチャと遠くから響く音。
大勢の人間のざわめき。
慌しさを増す大廊下の様子。
すると、こちら側の扉を開けて素早くリルファが入ってくるのと、私の後ろ側から伸びたしなやかな腕が、天蓋を捲り上げて、寝台から滑り出て行くのが同時だった――。
隣の部屋から差し込んだ光に、ほんの一瞬浮かび上がった半裸の男に、状況も忘れ、一瞬ぽかんとする。
――ええと?
凡庸な風体を装っていても分かる、無駄の削ぎ落とされた俊敏な動き。
上手くいったか。と呟いた低い声。
腰にシーツを巻きつけただけの、薄く綺麗な筋肉のついた後姿。
……もしかして、今の……、レジデ?
ほんの一瞬で戻った男の姿に、かあああっと顔に血が上る。
誰が平凡。誰が中肉中背だって?!
先程まで自分がしていたことを棚に上げ、混乱のあまり、そんなことを思う。
「一体、何が。」
「分かりませぬ。壁までお下がりなさい。レジデール。」
つかつかと入ってきたリルファが、レジデを手で制し、天蓋をちらりと開け私を見る。
半裸で横に立つレジデと、乱れた寝台と。
そして真っ赤な顔で寝台の中にいる私を見て、何がを納得したらしい彼女が天蓋を背に守るように立つ。
と、ほぼ同時に慌ただしさをます廊下の大扉が、せわしなく開かれた。
「姫さまはご無事か!」
部屋に雪崩れこむ兵士たち。
壁の前に立つレジデを、大剣を持った男たちがぐるりと囲む。
伏せられた琥珀の瞳と、ほんの一瞬、浮かべられた笑み。
「ここを何処と心得る!神聖な閨に入るとは、何事ですか!」
リルファが冷静に一喝すると、慌てて駆け寄る大司祭。ざわめく場。
『フォリア・ネル・ウィンス、逃亡』
その知らせに、歓喜で肌が粟立った。
久々のふわもこでした!