表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
152/171

ロアの祝祭 1

「新たなお勤めは、気に入って頂けたようですね。」

 同じ中庭で。

 世の中の汚いことなど、何一つ知らないような男が、私に清らかに微笑みかける。

 私のどす黒い怒りも、強い羞恥心も、全てが昨日と同じ。

 ただ一つ違うのは――、後ろに一人の男が控えていることだ。


 微笑を浮かべた糸のような瞳。

 異国風の衣装に、特徴的な弧をかいた細い眉。

 同じ金髪の二人でも、シャムールの流れるような白金の髪とは対照的に、そのうねった短い髪は赤み掛かっている。

 予想通り。シャムール・ギザエットの後ろに控えた男は、空中庭園ですれ違った不審者だった。


「その話は、したくありません。」

 薬の影響なのか何なのか……。

 男の腕の中で意識を失った私が目を覚ましたのは、日もすっかり高い頃。

 いつ自室に連れて帰られたかすら、全く記憶に無くて――。

 人生初の醜態の数々に、ひとり心の中で青くなったり赤くなったり。

 そして、そんな事まで全て報告を受けているであろうシャムールの元に、問答無用で連れてこられたのだ。

 一体、今更何を話す必要があるというの。


 一言で言うなら、不機嫌の極致。

 そんな押し殺した私の声に、後ろの男は感嘆の溜息をつく。

 それは、顔を半分隠す衣装の神子姫――つまり私が――自分の記憶の人間と一致した事への、強い喜びの溜息だ。

 強い警戒心を持ったまま、男に視線をやれば……、いたずらっ子が嬉しくてたまらないと言ったような顔で、静かに顔を伏せている。

 狂信者達が浮かべる、妄信的な濡れた瞳とは違う。

 けれども、明らかに他者とは違った思考回路を持つであろう、この男。

 この男は――。


 警戒も顕に睨みつける私に、くすりとシャムールの笑い声が響く。

「どうやら姫は、彼が気になるようですね。――それでは先に、ご紹介致しましょうか。」

 秘炎のラ・テルラ。

 そう紹介された男は、踊るような軽やかな仕草で、異国風の礼を返す。

「新世代の神子姫さまのご尊顔を拝謁出来、恐悦至極に御座います。」

「………。」

「そして――何よりも。またお会いできましたね。レディ。」

 喜び溢れたその言葉に、何と言っていいか分からない。

 けれどもその発言に、シャムールが小さくしゃらりと首をかしげた。


「ファンデールの空中庭園でお会いしたのですよ。」

 視線だけで問われた男は、何も隠すことなど無いと言わんばかりに、春祭の空中庭園で会った話を披露する。

「頂いたカケラは非常に役に立ちましたよ。王宮を縦横無尽に動けたこともありますが、このレディに会えたことが、一番の収穫でした。」

 たっぷりとした袖の中から、小さな袋を取り出して小さく振る。

 シャムールを司祭長と敬いながらも、その言葉はどことなく気安く聞こえた。


「じゃぁ……あの時、貴方が空中庭園に入り込めたのは……。」

 レジデが中庭に落とした袋と同じ布地を、複雑な気持ちで見つめる。

 あれだけ厳重な警備を掻い潜って、乙女達の庭に潜り込めた方法は、今ならばわかる。

 レジデと同じくカケラの光気を使って、隠し扉のロックを解除したんだ。

 庭園の奥は暗かったし、乙女達の関心は白いテラスと光の華のみ。

 人目につかないように、こっそり入り込むことは充分出来た筈だ。


「ええ。カケラのお陰です。正面からだけでなく、自分の作品を様々な角度からチェックしたかったのですよ。レディ。」

「自分の、作品?」

「はい。ロアの祝祭では、もっと華やかなものを予定しています。期待していて下さい。」

 訝しげな私に、男は嬉しそうに言葉を返す。

 教団の信徒には見えないのに、この用心深いシャムールが部外者にカケラを渡した事は正直意外だ。

 でも、今問題なのはそこじゃない。


 第三国の人間まで、縦横無尽に動けるファンデール王宮のセキュリティ。

 迫り来るロアの祝祭。

 そして花火を自分の作品と言う男――。

 そこまで考えて、この男がここにいる意味を知った。


「もしかして……。精霊が動かない状況で、『火薬』を使うつもりなの――…?」

 高価な魔石をすりつぶして、最も気性の激しい火の精霊を閉じ込め、精霊を殺す衝撃で、爆発を起こす。

 それがこちらの世界の、『火薬』の常識だ。

 けど魔術師に頼んで火の精霊を操り、いくらでも安全に爆発を起こせるのに、リスクを犯してそんな馬鹿高いことをする人は、普通いないよね。

 だからこの世界で火薬文化の地位は、非常に低い。

 ……けれども、それが常識外れであればあるほど、対策が採られていないという事で――。


 カケラを使って精霊を麻痺させ、国防の要を壊す。

 そして白兵戦で、ファンデールの王都に乗り込む。

「そこで、水の都を無傷で手に入れるもう一つの鍵が――…、火薬を操る貴方。なのですね。」

 淡々と並べたピースに、シャムールは優しく微笑み、ラ・テルラは破顔する。

「光の華の原材料が火薬である事。そして、火薬の材料が鉱石である事を、こんな年若いレディが見抜いた時には本当に驚きましたが――…。」

 くすくすと笑い声さえ聞こえそうな、上機嫌な声。

 今はこの国で、北の地にしかない鉱石を使って、新たな火薬を研究していると言う。

「レディ提案の白一色の光の華も、今回再現予定なのですよ。雪の残る北の国だからこそ、美しい物になるでしょう。」

「………。」

 あまりに楽しそうな様子に、背中に冷たいものが走った。


 王都に爆弾をしかける話も、夜空に美しい花火を咲かせる事も、この男にとっては同じなのだろうか。

 光の華と爆発物との違いを、まるで手品の種を明かすように、夢中で話す様子は、無邪気そのもので。


 また、血が流れる――。

 剣で、火で、多くの人が死ぬ。

 美しい水の都が、そしてシルヴィアの眠る王宮が、火の手に包まれるのだ。

 脳裏に浮かんだ情景に、胃の底が、冷たく重みを増した。


「しかし、司祭長。レディが比類無いコウキの持ち主ならば、もう一つ、実験を。」

 思いついたように、くるりとシャムールを振り返る。

「もう一つ、ですか?」

「そうです。昨日の事前実験は、星屑のランプの近くで、光の華が正常に作動するかの実験でした。」

 しかし、星屑のランプ全てよりも、生きている私の方が光気は強い。

「ならばレディの近くでも、正常に光の華を咲かせる事が出来るかどうか、その実験をさせて頂きたい。」

 無言で小さく眉を寄せた司祭長と、糸の目でにこやかに微笑み続ける花火師。

 二人の間に、そよりと風が吹いた。


 そして。

 無言での会話に折れたのは、珍しくシャムールだった。

「――そうですね。姫をお守りする際に、火薬を使えるかどうか知っておく必要があります。……宜しいでしょう。」

 明朝。裏のテラスで――。


 逃げ切れない戦争への駒が、また一つ、進められる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ