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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
150/171

信ずるもの 17

「―……―っ!!」

 粟立った肌を煽るような、首筋へのキス。

 素肌に感じる男の手の動きは、明確で。


「ね!……ちょっと、フォリアっ!! どうしっ、――…んんっ」

「――…。」

 うるさいと言わんばかりに、唇が合わさる。

 おとがいを強く持たれたまま、噛み付くように受けたキスは、衆人環視の混乱のまま受け入れたレジデの唇とは違って、逃げ場が無い。

 幾度も深く重ねられる口づけ。

 フォリアの熱い舌先が、こじ開けるようにして歯列を割り、逃げ惑う私の舌先を絡め取る。

「は――…ぁっ」 

 いつの間にか、甘い甘い香りが、肌にまとわりつく。

 

『蒼の司祭の持っていた香壷には気をつけて下さい。あれは――』


 少し刺激がある、甘い香り――。

 これ……、この匂い――。

 もしかして、レジデが言ってたっ――!

『皇帝御用達の、非常に常習性のある……』


 淫薬だ。


 熱く追い立てられる呼吸の合間、その事実に気がついて、ぞっとする。

 いつの間に――。

 混乱したまま、この香りが催淫剤であることと、これ以上吸い込まないようにと伝えようとして――、ざらりと伸びた無精ひげが、素肌にかすった。


「ふっ……!」


 寒いほどだった肌は、燃えるように熱く、眩暈がする。

 こんな少しの刺激だけで、他愛無く思考は霧散する。

 立会いがいらないって――…、最初から薬を使って……こうさせるつもりだったの?!

「駄目だ……って!」

 色々な感情が混ざり合い、それでも辛うじて、術者と時間を合わせる行為は、相手の思う壺だと、焦りながら伝える。

 けれども。


「あいつには、肌を許したのに?」

「ちがっ!!」

 情欲にまみれた、ぞくっとするほど蠱惑的な顔で、フォリアは小さく苦笑する。

「レジデとはっ……んんっ」

 答えがどうであろうが、どうでも良いと言わんばかりの激しい口付けに、言葉は飲み込まれる。

 吸い付くように素肌の上をすべる彼の手は――、時間を稼ぐ為の、立会いに見せるパフォーマンスの為の動きとは違い――、遠慮も、迷いも無く、明確にオンナを欲する男の動きで――っ。

 

 コーヒー・ココア・チョコレート。

 玉露すら催淫剤になった昔と違って、刺激物に慣れきった現代人に、淫薬は効かないと昔、テレビで見たことがある。

 催淫剤の殆どが、ただのプラセボ効果。

 とは言え、こうも追い立てられたらっ――……!!


 飲み込めない唾液が溢れ、二人の間に銀色の橋が架かる。

 その向こうに見た、鈍い瞳の光。

 首筋にかかる、蒼銀の髪。

 え――?

 フォリアの髪の変色が、明らかに増えているのを見て、思わず目を見開いた。


 やっぱり――、魔力を使うのが、相当辛かったんだ!

 その髪の一部は、完全に銀色に変じている。

 その色に、いきなり銀の髪の彼女の言葉が蘇った。


『魔力を使いすぎると? んんーーー。魔力が使えなくなる?』

『あ~~~。あとね。自制が効かなくなる。』

『強い精神疲労で、精神の一部が麻痺するんだ。だから魔術師が、犯罪を犯すタイミングの多くがこの時。危険。』

『酷い戦争の時、後方部隊の魔術師が暴走して、狂う時があるくらい。』


『見分け方?髪の色が変わる時があるけど――……。元の色知らなかったら、見分け、つかないよねぇ。』


 淫薬のせいだけじゃない。暴走しているんだ。

 そう気がついて、目を瞑り……。

 シーツをぎゅっと握りこむ。


 男性経験が無いわけじゃない――。

 自分の体で、彼が楽になるなら、何を嫌がることがある?

 一度身体を重ねたくらいでは、術者との時間は合わないと聞いた。

 なら――。


 去来する様々な思いが去るまで、どれ位の時間が経ったのか。

 覚悟を決めて、身体から――……力を抜いた。


 けれども。

「――…。どういうつもりだ。」

 憐憫か。

 との一言に、かっと頭に血が上って、揺らいだ視界のままフォリアを睨みつける。

「じゃぁ、どうしろって言うの!どうすれば良いの!」

 限界なのは、私も同じだ。

 逆切れだと分かっていても、耐え切れずに、睨みつける。

 その拍子に、困惑と混乱の涙が、眦から転がり落ちた。


「いい加減……、すべてを抱え込もうとするな。」


 え――?

 思い掛けず、眦を優しくぬぐう指先。

「お前は……もう少し、怒れ。俺たちの為でなく、自分の為にだ。」

 その声も、瞳の色も、狂おしいほどの情欲をのせていた先程とは、打って変わって、冷静で――…切実で。



 麻衣子が殺されたこと。

 故郷に戻る最後の術を失ったこと。

 そして――それらを悲しむ間も与えられず、子を成す機械にされるべく始まった、立会い…。

 それらが脳裏を駆け巡り、一瞬で消え去る。

 

 複雑な生い立ちのフォリアが、様々な薬に耐性があるなんて知らない私は、その彼の行動が、理解できない。

 けれども鈍った頭の片隅で、私をわざと怒らせようとして煽ったのだと――、それだけは辛うじて、分かった。

 駆け巡った怒りは、申し訳なさと、強い虚脱に代わり、思わず全身から力を抜く。


 わざと……だったんだ。

 安堵と混乱と、綯い交ぜになった気持ちで泣きたくなる。

 なのに――。


「ちょっ!?」

 俺はもう二度と、あんな内に籠もるお前を見たくない。

 そう耳元で囁かれた、いつものフォリアの声。

 拘束していた手が降りて――、するりと、乱れて剥き出しの脚を撫でる。

「フォリ――!?」

「何も考えるな。頭を真っ白にして、一度全部忘れてしまえ。」

 

 自分自身を、見つめろ。

 誤魔化すな。悲しみ、怒れ。


 耳朶を甘く噛まれながら、そう囁かれた言葉は、もう理解することが出来なくて――。


 先程までの、強い情欲に支配された、嵐のような愛撫が一転して――、優しく、甘く……けれども、決して逃がす事無く、冷静に私を追い詰める。

 経験したことが無い程、幾度も甘やかに追い立てられて、視界が光で真っ白に染まる。

 

 この地で生きろ――。


 その言葉を最後に、私の意識は光の渦に消えた。

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