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世界のカケラ  作者: viseo
流浪編
15/171

雨にけぶる街 1

少し残酷な描写がありますので、お気をつけ下さい。

 ガタンと言う衝撃で、闇に沈んでいた意識が波にたゆう様にゆっくりと浮上する。

 最初に感じたのは、よく知っている雨で湧き立つ土の匂い。そして寒さ。

 首筋にあたる冷たい隙間風に体を震わせると、暖かな感触が体を包み込んだ。

 無意識に温もりを求めて、より暖かな方向へ擦り寄ると、ささやくような意味を成さない声が聞こえた。


 ――暖かい。

 そのままガラガラと響く音をぼんやりとした意識の中で聞き続けていると、今度はトーコという単語がゆっくりと体に響き渡った。

 ――誰かが呼んでる。

 ようやく動き出した意識を総動員して、瞼を開けると、もう一度小さな声で名前を呼ばれる。

 薄闇色の小さな世界を視線だけで見渡すと、首を回して声の主を間近に見つけた。


「トーコ、起きたか。意識は大丈夫か?」

 薄闇の中でも輝きを失わない夜色の瞳を見た瞬間、自分の状況が一気に舞い戻ってきた。

 斜めになった体を起こそうとすると、大きな手で、すかさず背中を支えられる。

 どうやらフォリアに背中から抱えてもらっていたらしい。

 立ち上がろうにも立ち上がれないのは、先ほどから感じた振動のせいだけでなく、物理的に狭いからだ。

 ここは……馬車の中?

 断言できないのは、こちらの世界に馬がいるかどうかが、分からなかったからだ。

 けれども似たような移動手段なのは確かだ。

 小さな小窓からうっすら入る光が唯一の光源だけれど、その位は分かる。

 ――ここは?と無意識に言葉を発してから、もう一度言い直す。

「ここは?」

 もう無意識に日本語で話しても、伝わらない世界なんだよね。

「魔術学院を出て、町の外れまで来たところだ。」

 見るか?と言われて小窓を覆っている布を少しだけ開ける。

 雨にけぶる石造りの町並みと、過ぎ行く後方に三本の背の高い塔がかすかに見えた。

「後ろに見えるあの塔が、魔術学院だ。」

 食い入るように、初めての異世界の町並みを見る。

 夜の闇に加え、雨のカーテンでぼんやりとしか分からないけれども、どうやら川沿いを移動しているらしい。

 川の向こうには森と闇が広がっている。

 時の館の柔らかで女性的な装飾と違い、無駄の感じられない実直そうな町並みだ。

 ずっと眺めていたかったけれど、冷たい風に負けて窓を離れた。


「思ったよりずっと寒いんですね。」

「冬も近いからな。」

 先ほどからずっと、ささやく様に話す彼に気づく。

 馬車のようなものと考えれば、外には御者がいるのかもしれない。

 ジェスチャーを交え小声で聞くと、目だけで頷かれた。

 なるほど。ガラガラと響き渡る車輪の音にかき消されているとは思うけれど、私も小声で話そう。

 いくら狭い車内とは言え、恋人のようにぴったり寄り添うような距離にいたのも納得がいった。


 さて、いつ到着するのか分からないけれど、出来るだけ情報収集はしておこうかな。

 それに私も少し話すことに慣れておいたほうが良い。

「あの後の事、これからの事、差しさわりのない範疇で聞かせてもらえますか?」

 そうだな。とささやく声が、耳元にかかってくすぐったい。

 この距離で男と話したのはいつぶりだ?

 とりあえず男の息を首筋に感じなくてすむように、もぞもぞと角度を変えてみる。

「あの後、お前を抱えて直ぐに魔術学院に移動し、待機してあった馬車に乗り込めた。誰にも見咎められなかったのは幸いだったな。本来は馬で現地に行く予定だったんだが、この雨だ。」

 リバウンドが起きた時に、雨の馬上では対処が出来ない。とフォリアは言葉を続ける。

 ちょいとお兄さん、その前に、私が馬に乗れるか聞いてくれ。


「まさか意識がない内に運ばれているとは思わなかったから、驚きました。」

 ドロボウみたいに魔術学院からこっそり抜け出すんだと思っていたから、ある意味気が抜けたぞ。

 それにしても意識がなかった私を一人で馬車まで運んだと言う事なのだろうか。

 そりゃぁさぞかし重かったことだろう。

 思わず謝罪すると喉の奥で笑われた。

「子どものような重さで音を上げるような男が、お前の周りにはいたのか?」

 あなたと喧嘩して勝てそうな男は、あらゆる意味でいませんでしたが。

「いや、人間意識がないと重いじゃないですか。」

 抱っこやおんぶで寝てくれる子は、可愛いけれどとにかく重い。

 保育士は毎日がウエイトトレーニングでしたよ、ほんと。


「意識がない方が、こちらとしても都合が良かっただけだから気にするな。誰かに見咎められた時に、治療で運び込まれたと言えたからな。」

 なるほど。確か魔術学院には治療院も併設されているとレジデも言っていた気がする。

「それはともかく、体調悪くなったら直ぐに知らせろよ。」

「今の所、到って元気ですよ。ただ、どちらかと言うと、この振動じゃ馬車酔いが心配です。移動手段としての馬車は私の……生まれた地方には無かったので。」

 私の世界という単語は、今後は使わない方が良いだろう。

「目的地まで大分かかるんですか?」

「馬でとばせば夜明け前、馬車だと明け方になるか。」

 思ったよりも遠いらしい。


「寝られるなら寝てしまえ。あれから一睡もしていないだろう?」

 あぁ。そういえば。

 意識を失っていた時間を除けば、もう何時間起きているのか分からない。

「着く前にまた色々説明してやる。取りあえず顔色が悪い。少し寝ろ。」

 大きな手が目の上に置かれる。

 流石に疲れていたのか。

 子どもじゃないんだからとの反論は、口に出る事がないまま、意識を睡魔にゆだねた。



 夢を見た。



 暗闇の中、指一本も動かせない私が横たわっている。

 空に浮かぶは、様々な般若の面。

 不気味に、にたりと笑った般若の口から、無数の蛇が現れた。

 それらはとめどなく溢れ続け、一体の大蛇と化し、のたりのたりと、近寄ってくる。

 逃げようにも逃げられず、気がつけば全身を凄まじい力で締め上げられる。

 骨はミシミシと音を上げ、絞めつけられた内臓が苦しさのあまり熱く脈打つ。

 爪は割れ、砕けた骨が皮膚を裂き、血みどろの肉がむき出しになり、遊ぶように肉を食いちぎる大蛇の歯と同じ色の骨が、体のあちこちから突き出した。

 血の海に沈みながら、いっそ死にたいのに死ぬ事もできず、虚空に向かい叫び続ける私の前に、吸い込まれる様に一枚の面が近寄って来た。


 ――麻衣子に良く似た、般若の面が。


 強く揺すられ、叩き起された。

 小声だけれども切実なフォリアの声に応えようとして、痛みのあまり声が出ないことに気がつく。

 夢ではない痛みで、体中があちこち悲鳴を上げている。

 体の外の痛みなのか、中からの痛みなのか、全く分からない経験したことの無い痛み。


 リバウンドが始まったのだ。



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