信ずるもの 15
「俺の助命の条件は、何だ。」
今まで見たことも無い男の表情で、一言一言はっきりとフォリアは私に問いかける。
本来なら貴重な神子姫を逃がそうとした人間を、教団が生かしておく筈が無い。
ましてや特別な能力も無い私が、誰の手引きも無く、この場に来れるはずも無い。
教団とどんな取引をして、二人の命乞いをしたのだと……、フォリアは私に冷たい視線一つで問いかける。
「俺に会う為にどんな無茶をした。――お前はまた、何を捧げたんだ。」
近づく顔に、声に、イラつきが乗った。
絶対強者である肉食獣の前で、牙を持たない草食動物が出来る事は、ただ恐怖を感じることだけで。
「………。」
こくりと、我知らず喉が鳴った。
――ここまで来て、フォリアに隠しても仕方が無い。
――これからの事もあるし、正確に状況を伝えるべき。
混乱した気持ちを余所に、思考は正しく結論を出す。
でも何と言って良いか、分からなくて……。
二度、三度。口を開いて、言葉を探す。
すると、それが誤魔化そうとしている様に見えたのか。
「まさかお前は――…。」
フォリアのまとう空気が、一段と冷たいものに転じた。
「っ!違うの!」
その絶対零度の冷たい声に、慌てて今までの事を話そうとして……、その方法が制限されていることに、寸でのところで気がつく。
見届け人がいない。
と言うことは、下手をすれば、この部屋の中は監視されているか、最悪声も聞かれているんじゃ――…。
冷たい目で見下ろす彼に、小さく最低限のジェスチャーでそれを問う。
すると表情を変えないままのフォリアが、暫くの沈黙の後、押さえつけていた手首をゆっくりと離した。
「………。」
フォリアの長い指先が、慣れた仕草で私の髪に指を絡め――、その感覚を楽しむかのように、乱れた長い髪を、幾度も梳く。
時折は緩やかに。
時折は耳朶を、唇を、弄ぶかのように軽くなぞる。
「――……っ。」
なまじ色気のある男がするその仕草は、遠目から見れば、恋人同士の甘い行為。
けれどもその指の動きは、猟犬と鳥の二人の間で、明確なある一つの意味を成す。
私の上司はシグルス。だけど、現場で指示を仰ぐ相手は、猟犬でありパートナーであるフォリアだ。
指先に髪を絡めキスするように口元に運んだ指先が、長い髪に隠れるように、『現状を、報告せよ』と、暗号文を示した。
冷静な表情のまま、彼は答えを催促するように、解放された私の利き手を口元に運び、指先に小さく唇を落とす。
「………!」
けれども、押し倒されたままの寝台の上。
カモフラージュでされた、こんな小さな仕草ですら、今の私には流すことが出来なくて――。
「っ……。」
指先に感じる荒れた唇と、時折ざらりと感じる無精ヒゲ。
見目を損なうどころか、成熟した男にしか出せないその感覚に、ぞわりと肌が粟立つ。
かりりと甘く噛まれた指先に、思わずフォリアを呼ぶ声が掠れた。
「フォリ……っ……ア。」
昨日の今日で――、動揺するなと言う方が、無理だ。
こちらを覗き見している人間がいるかもしれない、石の壁。
背中に感じる寝台の固さと、肌に感じる男の体温。
あまりに酷似した状況に、昨夜の情景が次々と溢れ出しそうになって、冷静さを保てない。
トーコと、脳裏に響くヴァリトンボイス。
いまだ見慣れない、人間の――青年姿のレジデ。
揺れた天蓋と、肌を滑った指先の感覚。
衣擦れの合間に響いた……濡れた音――。
動揺を隠し切れない私の前で、フォリアの瞳に剣呑な光が走った。
――ああっ!もう!!
フォリアに甘噛みされた指先を、そのまま何も考えずに小さく走らせる。
『レジデ・せなか・てがみ・だっしゅつ』
拙い暗号に見開かれた、深い海色の瞳。
そう――。あの後。
誰もいない部屋で――…。
レジデは私の背中の治療魔法に、フォリアへの手紙を託したのだ。