信ずるもの 14
ここは……。冬の間の練兵場なのだろうか。
レジデとフォリア。
二人の男はそれぞれ厳重に警戒されているけれど、その方向性は随分と違うらしい。
昨夜のように湯浴みをされてから無理矢理連れて行かれたのは、少し広い石造りの部屋。
屋外を感じさせるような無骨な部屋の奥に、重苦しい鉄扉がひとつ。
その幾つかの扉の先、闘技場に捕らわれた獅子のように、フォリアは監禁されていた。
ガシャンと背後で閉まった扉を無視して、落ち着かない気持ちで辺りを見渡す。
シャムールの「今宵は立会いは不要でしょう。」との言葉通り、フォリアの軟禁部屋に入ったのは、私一人だ。
恋人同士に立会いは不要――。
どこまで本気でそう思っているのかは、私には分からない。
とは言え、この部屋に連れて来られた意図は、明確で……。
所在無いまま、薄暗い最低限の調度品しかない部屋を見渡していると、部屋の片隅、粗末な寝台の上から気だるげな声が聞こえた。
「……誰だ。」
掠れた、聞いたことが無いほど重い声に、どきりとする。
「フォリア?」
まさか、もしかして――。
「――!……大丈夫!?」
また手酷い拷問を受けたのだろうかと、血の気が引いて、慌てて駆け寄る。
すると、寝台に伏していたらしい彼が、いつもの動きから想像出来ないほど重い動作で、上体を起こしたところだった。
伸ばした手が、一瞬、止まる。
乱れた寝台に腰掛けた彼の身体に、大きな外傷は……、無い。
でも、いつもの私の知るフォリアと、あまりにも雰囲気が違う。
先日の拷問を受けた後ですら、決して弱みを見せない、手負いの獣のような強さを感じた。
なのに、今の彼は――、何と言ったらいいのだろう。
退廃的な色気……とでも言えばいいのだろうか。
ゆっくりと髪をかきあげる手の仕草。
弱い光源に浮き彫りになる、腕の、首の筋肉の動き。
気だるげな眼差しに、いつもの皮肉気な笑みすら浮かべられない、かさついた荒れた唇。
その秀麗な美貌が今。取り繕えないギリギリの状況下で、壮絶な男の色香を醸し出していた――。
これも、彼の一面なのかもしれない。
そう思いながらも、あまりにも違う彼の雰囲気に、固まる私の手を――ぱしりとフォリアが掴む。
同時に名を呼ばれ、それでようやく、言葉が出た。
「あれから、何があったの?」
改めて、外見をチェックする。
――やはり、身体に外傷は一切無いみたい。
でも、フォリアのこの様子は、徒事ではないよ――。
まさか外傷は無いとは言え、力を殺ぐために毒でも盛られたのだろうか。
そう思い至って血の気が引く。
そんな私に気がついたのか、気だるげに小さく苦笑してフォリアは答えた。
「ただの魔力の使いすぎだ……。気にするな。」
「え?」
……魔力の?
「魔剣士は、従来の精霊魔術の法則と異なる。……教団側としては、星屑のランプが俺の使う魔剣も制御出来るか、これを機会に調べ上げたいらしい。」
じゃぁ、もしかしてずっと――…?
「長時間、強制的に魔力を放出させられていたの?」
「あぁ――…。」
つまり、強い精神疲労を起こしているのか。
そう思ってよくよく覗き込んで見ると、確かに本来なら濃紺のフォリアの髪の一部も、蒼銀に変じている。
限界まで魔力を消耗すると、一時的に髪の色が変わると聞いたことがあるけど……。
「大丈夫……なの?」
思わず横に座り顔を覗き込むと、気だるげな表情の中に、一瞬、いつもの彼の不敵な笑みが見えた。
「どうにでもなるだろ。」
疲労で掠れた声に、それでも彼の強さが滲んだ。
そんな様子に、思わず安堵のため息が漏れる。
すると、それよりもと、真顔になったフォリアに、ふいに腕を引かれた。
「お前はどうなんだ。あいつとは……、会えたのか。」
必ず聞かれる質問だろうと思っていたのに、至近距離からの唐突な質問に、一瞬目が泳ぎかける。
話したい事は沢山あった。
聞きたいことも、聞かれたくないことも――沢山あった。
――でも、とにかく今は、少し寝かせてあげたい。
尋常ではない彼の様子に、少しの動揺を隠してそう思う。
「うん。フォリアと同じように、別の場所に監禁されてる。」
動揺を気取られないよう頷きながら、さっきまで臥せっていた彼に、座っている寝台を目で示す。
「どちらにしろ、どうせ今夜はこの部屋から出れないだろうし、少し寝て?」
時間はたっぷりあるし。
また後で話そう?
そう言い放った私の前で、すっとフォリアの目が細められる。
「どういう意味だ?」
地を這うような低い声。
掴まれていた手首に力がこもり、気だるげな目元にも、冷たい意思が宿る。
「え、………あ。」
馬鹿な私は、この時点でようやく気がついた――。
もしかして……。何も、知らない?
教団側が何も、話してない……?
『二人の術者と身体を合わせる』という話を、彼は……知らない、んだ。
瞬間。
自分でも、何故そんな行動を取ったかは分からない。
「――…っ」
思わず咄嗟に立ち上がろうとした私を、フォリアは逃がさない。
隣に座っていたはずなのに、あっという間に、反対側の手首も押さえられ、無意識に逃げようとした私の身体は、寝台の上に倒れこむ。
「……!!」
硬い寝台の衝撃に、小さく息が詰まった。
冷静に考えれば、逃げることなんて何も無い。
気絶していたフォリアが、そしてその後、無理矢理魔力を放出させられていたフォリアが、この話を知らなくたっておかしくは無いんだ。
けれどこの時の私は、そんな事は考えられなくて。
「………。」
射抜かれそうな夜の瞳。
気がつけば。
寝台に縫いとめられる形で、私はフォリアに静かに見下ろされていた――。




