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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
145/171

信ずるもの 12

 本当に、何とかなるのか。


 レジデのことは、信頼している。

 けれども、この状況下で、彼が何かを出来るの――。


 弾む息と、粟立つ肌。

 目尻に溜まった涙を、唇で吸い取られる。

 揺れる寝台のレースの向こう。

 少し離れた所から、息を殺してこちらを伺う立会人たち。

 衣擦れの音と、微かに響く濡れた音。 


 壊れかけた思考力が麻痺し始めた頃、わざと濡れた音を立てるようにして、時間を稼いでいたレジデが、耳元で何か小さく囁く。

 その意味を理解する間も無く、いきなり着ていた夜着の下に手を入れられ――…、一気に素肌が夜の空気に晒された。


「やっ……! 嫌だっ!!」


 両肩が剥き出しになる程大きく、勢いよく肌蹴られた衝撃に、ついに押し殺していた悲鳴が上がる。

 防寒着の下に着ていた夜着は、ナイトガウンのように腰紐一本で留められていただけだ。

 無防備に晒された、剥き出しの胸元は、薄絹一枚まとって無い。

 寝台の上で、私に覆いかぶさるように両脇に手をついたレジデは、鋭い視線で天蓋の向こうの様子を伺っている――。 


 けれど、もう……、二人とも逃げ道は、無い。


 与えられた衝撃は、そのまま混乱と共に絶望になり――、眦を横に涙が滑った。

「無理だ。」

 ――え?

 空気を震わす、低い声。

 何を言われたかも分からぬまま、一瞬寝台が沈み、身体に圧し掛かっていた体温が離れる。

 労わるように、小さく頭を撫でられたのは、気のせいか。


「無理だ。これ以上は出来ない。」


 そう言って、レジデはばさりと薄絹の天蓋を跳ね上げて、寝台から出て行く。

 レジデの乱れた背中越しに、さわさわと動き出す、滲んだ立会人達の姿。

 震える指先で前をかき合わせながら体を起こすと、天蓋の隙間から、こちらを覗き込む立会人達と――リルファと目があった。


「出来ないわけは無いであろう。他ならぬレジデール、お前が。」

 薄絹一枚の結界の向こう。司祭のイラつく声がする。

「ああ。そうだな。――もし彼女の心を壊しても良いならば、このまま続けよう。」

 それに対して、レジデの声は冷静で。

「己の役割を忘れた裏切り者がっ!」

「違う。俺だから言えるんだ。」

 押し殺した低い声。

「こうなった以上、自分の責務を果たすこと吝かでは無い。――確かに、術者と時間を合わせる方法の中で、これが最も彼女の身体に負担の掛からない方法だ。しかし、このまま進めれば、結果は見えている。」

 声が近寄ったかと思うと、ばさりと、降ろされていた寝台の天蓋が、レジデの手で大きく開かれる。

 震える身体を抑える術を知らないまま、十の瞳が私の上に降り注いだ。


 もう一度降ろされた天蓋の向こう、薄絹一枚隔てた寝台を守るかのように、レジデが立ちはだかる。

「神子姫候補として育ってきていないお方だ。負荷が大きすぎる。」

「くっ!」

「彼女の心をこれ以上傷つけたくない。――…それはそちらも同じではないのか。」

 レジデの低い豊かな声に、場がざわめいた。


 そんな硬直した事態を打ち破ったのは、一人の女の声だった。


「お待ち下さいませ。」

 リルファ?

「ならば、私が立会人を引き受けましょう。」

「女官長!?」

「皆様方。それぞれの立場、お役目も御座いましょう。勿論、私とて大司祭様を蔑ろにするつもりはございません。…しかし、この場は私にお任せ下さいませ。」

「どういう事ですかな。」

 しわがれた老人の声。

「立会人が居ないなどと言うことは、あってはなりません。しかし立会人のうち、女性は私だけ。――姫さまのお気持ちを考え、男性の立会人には、ひいて頂きとう存じます。」

「しかし、神子姫さまの初めてのお役目の夜。大司祭が立ち会わないことなど……。」

 口々に反論が上がる。

 けれども、リルファは揺るがない。

「皆さま。一番大切なことをお忘れになられますな。――神子姫さまには、最も重要なお役目がございます。確かにレジデールの言うとおり、今宵は姫さまの負担を考えたほうが良いでしょう。」

 私も立会人としてではなく、女官長として進言いたします。

 そう続けてから、それとも、と、シャムールの有能な手先であるリルファが、静かに問いかける。

「……私一人では、見届け人として役不足とでも?」


 その一言で、話は決まった。


 リルファが見届け人の四人を廊下に見送り、逃亡されないためにも、決してこの扉を自分の声以外で開けないようにと、事細かに廊下の兵士に伝える。

「最悪、レジデールが私に凶行を及んだとしても、お二人をしっかりと保護するように。」

 明るい廊下の光をさえぎる様に、がちゃりと閉められた鍵。

 リルファはそれを確認してから、続きの間から、何も言えない私とレジデのいる部屋に戻る。

 ――立会人が、五人から一人になった。

 しかも相手は、リルファ。

 どっと心理的な圧迫感が減る。

 と共に――、何も問題は解決していないのだと、現実に打ちのめされる。

 確かに普通の高貴な女性なら、お付きの人間に肌を晒すことは抵抗無いだろう。

 毎晩、体を洗わせたりしている位だしね。

 とは言え、さぁこれで聞いてるのがリルファだけだから続きをと言われても――…!


「レジデール。」

 薄暗い部屋に、リルファの静かな声が響いた。

「わたくしは、教団を裏切った貴方を許しません。しかし――…、姫さまのお心を護るのは、我らが女官の重要な仕事。」

 凛とした立ち姿のまま、言葉も無い私達に背を向ける。

 え――?

「続きの間に居ります。最後の譲歩です。そなたの役目を無事終えるなら、今後も姫さまのお心に――…最大限、添いましょう。」

 信じられない言葉を残し、そのまま一度も振り返る事無く、続きの間の扉を開け、リルファは消え去った。

 もしかして、……。


 助かったんだ――…。

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