信ずるもの 11
人型になったレジデと、まさかこの五人が見てる前で、致せ。と……。
まさか、そういうわけですか?
怒りと羞恥でガンガンと痛む頭と、ひりつく喉。
あまりの事に、レジデですら絶句している。
「神子姫様の最も大切なお役目で御座います。お体に傷などつきませぬよう、細心の注意を払わせて頂きます。ささ、お床に入らせられませ。」
その言葉に、硬直が解けたようにレジデが前に出た。
「待て!見届けの立会人は、本来、一人のはずだろう!」
え…?
噛み付くように大司祭に言ったレジデの言葉は、予想と反するもので。
私を庇うように立つレジデの背中を、呆然と見上げる。
まさか、この立会人って――…この世界の常識なわけ?!
ありえない。ありえない。ありえない!
思わず日本語で叫んだ言葉は、実際は声にならずに、喉の奥でくぐもって消える。
もしそれが本当ならば、いっそ死にたいと、恥も外聞も無く思う。
いや、恥も外聞もあるからこそ、無理なんだけど。
「神子姫さまは特別なお方。代理のお前と違って、正式な神子姫さま方には、必ず五名の立会人がお付きするのが慣わし。――…レジデール。分かっておろう。」
小さな鐘を置き、円形の机の上に出したのは、少し変わった香壷か。
レジデの身体がぎくりと強張った。
「さぁ、姫さま。神子姫さまがお望みでしたら、天蓋を降ろさせましょう。――それでもお気になるようでしたら、香を焚かせましょう。」
「……ふざけんなっ!」
アロマでリラックス出来る程度の問題かっ!
ついにぶちきれて、焦ったように強く舌打ちしたレジデを押しのけ、いやらしい笑みを浮かべた蒼の司祭に、男言葉で怒鳴り返す。
「やはり、――気が進みませんかな?」
当たり前でしょう!
大体、術者との時間を合わせる方法が、身体を合わせるだなんて聞いていない!
そう叫ぼうとした瞬間、後ろからぐいっと腕を引かれた。
「っ……?!」
強く腕を引かれたまま、レジデに抱き寄せられ、抱え込まれる。
一瞬の浮遊感と、圧迫。
バランスを崩して反転した視界を理解する間もなく、噛み付くように唇が合わせられた。
驚いて目を見開く私を気にすることも無く、吸い付くように唇を食まれ、貪るように呼吸を奪われる。
「……ちょっ、なん、……――っ!」
何故こんな事をされているのか。
強く混乱したまま押し返そうとした手は、易々と封じられ、それどころかその反動を利用して、更に唇を深く合わされる。
「ふっ――」
強弱をつけて、何度も深く合わされる唇。
するりと歯列を割るように侵入した熱い舌先が、私の舌を絡めとり濡れた音を立てた。
「っ! レジ、デっ!?……ん、っ」
混乱のあまり、無理矢理顔を背けようとしても、男の手も舌先もそれを許さない。
逃げても、押し返しても、いつの間にかに言葉ごと飲み込むように、角度を変える舌先が、時に弄るように、時に駄々っ子をあやすように、甘く吸い上げ、味わうように柔らかく唇を噛む。
羞恥と混乱で見開いた私の目の前で、弾む呼吸の合間、間近に見る伏せた長い睫が妙に現実的で……。
レジデにキスをされているのだという事実より、それを衆人環視のもとで行われているという現実より、何よりも――…、レジデがこの行為に慣れている事に、自分が衝撃を受けているのも気がつけない。
天を仰ぐ無理な姿勢で、いつしか私を支えるのは、後頭部を支える大きな手と、いつの間にか腰に回されたレジデの腕だけだ。
「レジ……っ――っっ」
辛うじて呼ぼうとした名を、そのまま言葉ごと奪われる。
愛撫するかのように、耳元から首筋をすべる唇と、ぞわりと肌を粟立たせる彼の呼気。
身体を支えていた男の腕の力が抜ければ、既に自立していない身体は、そのまま重力に従うしかない。
どさりと崩れ落ちた身体を、腰掛けるように寝台が受け止めたのも、――レジデが腰に回していた腕を伸ばして、寝台の天蓋を降ろしたのも、気がつけない。
混乱に拍車が掛かった。
「――すみません、必ず何とかします……。」
少しだけ我慢して。
他の人間から見えないよう体勢を変え、耳朶に落とされた、かすかな言葉。
その低いヴァリトンボイスも、薄い天蓋の向こうを探るように見渡す伏せた琥珀の瞳も、ハッとする程、冷静で――。
彼なりに時間を稼ぎ、この窮地を何とか打破しようとしているんだ。
その姿に、頼もしさと共に、すっと冷えた感情が入り込む。
――レジデはこの行為に、慣れてる。
肌を重ねる行為に、慣れていると言う意味じゃなくて、――多分、この状況下が、初めてじゃない。
そんな私に気がついたのか。
ちょっと困ったように、でも安心させるように、自嘲と悲しみに彩られた瞳の色を和らげ、目だけで小さく笑う。
――貴女は何も考えないで良い。
そう言われた気がしたけれども、それを考えることも無く、またあっという間にあわせられた唇に、意識を奪われる。
これ以上無い程の怒りも、焼け付くような嫉妬も切なさも、自覚する間も無く、その唇に全て奪われる。
蝋燭の光だけが人影を揺らす部屋で、何も考えれないまま、ただ彼の唇を受け入れ続けた。




