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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
140/171

信ずるもの 7

 ――どうか、幸せに。

 琥珀色の瞳が優しく笑む。

 傷つき膝を突いたレジデの、それが最後の言葉。

 私が何か言うよりも前に、その泣きそうなくらい、綺麗な、儚い笑顔を伏せる――と、命が流れ出る右の腕を、地につけた。


 瞬間。急激に感じる、あの不可思議な圧。

 あまりの衝撃に、麻衣子の身体を抱えたまま、思わず体がよろけた。

「――っ!」

 何、これ――っ。

 これは、……先ほどの呪の続き?!


 ――魔法陣は壊されたのに、麻衣子も死んでしまったのに、どうして!

 どんどん強くなる圧に、耐えられる術も無く、身体が沈む。

 辛うじて自由になる視線で、必死にレジデの姿を追う。

 その私の前に、一条の赤い線がさぁっと走った。

「――…!!」


 進む文字。

 どんどん強くなる圧。

 滲む光と、周囲のどよめき。

 生き物のように意思を持ち、私の周りにぐるりと真円を描きながら進んだそれは、内側に入り込むと、折れ重なるようにして、複雑な文字を描き始める。


 ……やめて。

 やめて、誰か止めて!!

「レジデっ!!」

 流れる血潮で描く魔法陣。

 それがどれだけ強いものか、どんな意味を持つか知っている。

 初めてシャムールの顔色が変わった。

「止めろ!!神子姫様をお救いしろ!」

「駄目です!もう術が走り始めております!!今、術者を殺すと、術の完成が早まるだけですっ!!」


 術者の命を削り、最後の鼓動で発動する『呪』よりも強いものなんて無い。

 慌しく動く男たちの前で、麻衣子とレジデの合わさった血が、私の周りに複雑な魔法陣を走らせる。

 血の気が引いて、土気色になったレジデの顔に、浮かぶ汗。

 浮かされたようにつぶやく呪を、必死に止めようとするも、既に何かの強制力が働いているのか、誰もレジデに近づくことすら出来ない。

 最初から、彼はこれを覚悟していたんだと分かっても――、そんなの、認められるわけ無いよ!!

 あまりに強い圧に、体を起こす事も出来ず、それでも必死に顔を上げる。

 滲む汗と涙の向こうで、どんどん描かれる魔法陣。


 私を支え続けてくれた、トーコと笑う、もふもふの姿。

 苦渋に満ちた表情のレジデールの姿。

 必ずあなたを帰しますと、強い決意を示してくれたあの夜。

 ――麻衣子が死んだ今、この瞬間を逃せば、二度と帰れない。


 それでも……!!

「残るから!!ここに、残るから!!――お願いだから!」

 すべてを捨てても良いから!

 だから、お願い!!


 ――死なないで!


 そんな私の叫びすら、土気色の顔をした彼の心には届かず、霧散する。

 指一本動かせない強い圧に、遂に顔を上げることも出来なくなり、完全に地に落ちる。 恐怖と絶望で、涙と共に喉の奥から悲鳴が上がった。


「あなたの命より大切なものなんて無いからっ!! お願いだから……誰か止めてぇっ!!」


 叫びが天に届いたのか。

 パァン!と、小さな破裂音と共にレジデの呪が止まり、代わりに、くぐもった呻き声が聞こえる。

 圧が、――とまっ……た?

 ぜいぜいと、笛のような自分の呼吸音がうるさい。

 滲む汗もそのままに、ぶるぶると震える腕を叱咤しながら、肩で息をし、顔を起こす。


「弱い――痺れ薬です。」

 はじめて見る怒りを滲ませたシャムールが、倒れ伏すレジデに吐き捨てる。

 その傍には、遠くから投げたと思われる、小さな袋が転がっていた。 

「油断しましたよ。レジデール。」

 憎憎しげな表情。

 手を上げたシャムールに、後ろに下がっていた弓兵が、もう一度矢を番える。

「天空人を天へ帰す。……これ以上の大罪があるとは、到底、思えません。」

 レジデに向けて一斉に絞られた弓矢。

「健やかな子を産んで頂くためにも、これ以上、神子姫様の前での殺生は控えようと思っていましたが――」

 続く声が、遠くで聞こえる。


 その意味が分かった瞬間、石造りの部屋にくぐもった笑い声が響いた。

「くっくっくっく」

「……?」

「くっ、あーっはっはっは!」

「………姫?」

 辛うじて上半身を手をついて起こした私が、いきなり狂ったように笑い出した事に、シャムールだけでなく、信徒も弓兵もぎょっとする。


 そっか。

 そう言うことだったの。

「そう。あなた達、私に子どもを産ませるつもりだったの。」

 だから麻衣子では、シルヴィアでは、意味が無かったの。

 もう子どもを産めないから。

 テッラに帰られるぐらいなら、ランプにした方が良いと、――そういう考えだったか。

 何て軽い命。

 何て、何て、馬鹿馬鹿しい……っ。


「レジデを殺したら、私、子どもを産めないわよ。」

 体をよじって笑っていた私が、くすりとシャムールの顔を見上げる。

「姫。レジデールを守りたいのは分かりますが、根拠の無い、はったりは好ましくありません。お止め下さい。」

「違うわよ。月の物が無いのに、どうやって子どもを産めるのよ?」

「――…!」 

「あなた達がレジデを殺せば――私が何をしなくても、程なくして私の命も尽きるわ。」

「それは、どういう――。」

 

「――…ねぇ、レジデ。私が若返っている理由も、同じでしょう?」

「――!!」

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