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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
138/171

信ずるもの 5

「はじめます。」

 魔法陣の淵に膝をつき、呪を唱え始めるレジデ。

 その肩越しに、扉を守るフォリアの後姿。

 二人の最後の姿を見つめながら、麻衣子に声をかけた。

「何があっても、逃げないで。私の後ろから離れないで下さいね。」

「――はい。」

 本当は怖いのだろう。

 私の腕をつかむ小さな手が、震えている。

 本音を言えば、私も怖い。


 徐々に身体に掛かる「圧」と、滲むように光りだす魔法陣の文字。

 星屑のランプの白砂が、踊るように舞い上がる。

 倦怠感にも似た体の重さを――それでも、しっかり立って支えたのは、私達を命を懸けて守ってくれた二人を、最後までしっかり見届けたかったからだ。

 耳をくすぐる、レジデの低い呪文の声。

 滲む脂汗に視界が濁り始める。

 どうか私達を逃がした後、彼らが無事に逃げられますように――。

 神など居ないと、何度思い知ったか分からない私の手が、自然と祈りの形に合わさる。

 

 ――異変を最初に感じたのは、その右腕だった。


 ジェットコースターに乗った時のような変則的な「圧」に耐えていた腕を、唐突に強く引かれた。

「……うぅ、――うっ」

 鈍く呻くような声。

 腕にすがりついていた麻衣子が、耐え切れないように、しゃがみこんでいる。

 ――彼女の方が、先に「圧」に耐え切れなくなった?

 鈍い頭で、そう思ってみる。

 けれども、様子がおかしい。


「麻衣子さん?」

 重い視線を動かせば、しゃがみ込んだ彼女の首筋に、身体を抱え込んだ腕に、じっとりと光る脂汗と、巻きつく赤い呪。

 ――…おかしい。

 ローブから見える、蛇のような呪の、何かがおかしい。

 必死に身体に感じる圧を跳ねのけながら考え、――そして気がついた。

 そうだ。――っ!さっき見た刺青状の呪は、こんな血のような赤じゃなかった。黒だった!


「……!レジデ!!彼女の身体の呪がっ!!」

 重い身体で、とっさに蹲る彼女を抱え込み、レジデの顔を見上げる。

 その瞬間、甲高い笛の音と共に、廊下側の扉が開け放たれた。

「―――いたぞっっ!!」

 ――!!

 見つかった!?

「いたぞ!!いらしたぞ!――お二人共だっ!!」

「……レジデ!――急げ!!」

 開け放たれた扉の向こうに見える幾人もの僧兵を、しなやかな黒い豹が迎え撃ち、襲い掛かる。

 次々と鳴らされる甲高い笛の音は、応援を呼ぶ音か!!

「フォリア!!」 

 一対多数の打ち合いにならないよう、そして部屋に入れないよう、扉を利用したフォリアからたちまち激しい剣戟の音が聞こえる。


「う、ううっ――あ、ああぁぁぁぁっ!!!」

 強くなる麻衣子のうめき声は、もはや悲鳴に近い。

 どうしたら……、どうしたら良いの!

 流れる汗を拭くことも、苦しそうな顔を上げる事も出来ないほど、深く集中して呪を唱えているレジデは、一歩たりとも動けない。

 痣になるほど強く握り締められた、私の腕に絡みつく麻衣子の指先が、どんどん老婆のように萎びていく。

「………そんな、」

 身体の中央だけでなく、末端まで老化が急激に進んでいるんだ。

 重い「圧」と、縋りつく麻衣子を抱えきれず、押し倒されるように尻餅をつく。


「レジデ――っ!」

「あ”ぁーーーーーーー!!!!!」

 一層高い、絶叫のような悲鳴。

 強くなる魔法陣の光。

 いきなり増した無言の「圧」に、もう一度レジデの名を呼ぶ。

 あと少しだと……、転移魔法陣を経験した身体が、あと少しでこの大掛かりな転移魔法が発動すると、この世界とお別れだと、無意識に私に教えてくれている。

 ――だけど、それまで麻衣子の身体が持ちこたえられるのっ!?

 最後の命綱のように、動けない私達は、お互いに縋りつく。


 ――刹那。光がはじけた。


 ドン!と、身体に感じた強い衝撃と、途切れた悲鳴。

 風を切る音の、その意味も分からぬまま見た、ぬるりとした赤に染まった自分の手。

 急速に解ける「圧」と、代わりに圧し掛かる重い身体。

 視界のあちこちにハレーションを残したまま、ぽたりぽたりと指先から滴り落ちる赤だけが、鮮やかで。


 訳もわからず、人形のように後ろを振り向けば――そこには開く筈の無い大扉に、シャムール・ギザエットが立っていた。

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