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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
135/171

信ずるもの 2

「どうせ隔離するなら、もう少し目的の部屋に近い所に隔離できなかったのか?」

「そう無茶を言わないでください。すべての部屋に抜け道があるわけでは無いのです。」

 レジデの持つ抜け道が書き込まれた地図を見ながら、二人は最短ルートを模索する。 

「見張りの人数は変わりないのか?」

「星屑のランプの部屋は、三人まで減っています。今夜司祭長が大神殿を離れてくれたのは、僥倖ですね。」


 そう。いくらフォリアが腕の良い剣士だとしても、レジデが裏事情に詳しいといっても、本来、ここは敵の本拠地。

 法王がいるヴァチカン……とまではいかなくても、いつもの大神殿なら、私たちがこの部屋に移動することすら難しかったろう。

 けれども、今、神子姫の世代交代という、大きな祝祭を前に信徒たちは、本当に慌しい。


 雪深い時期には動けなかった、各地の信徒との遣り取り。

 続々と集まる星屑のランプの受け入れ。

 更に『ロアの祝祭』当日までに、大神殿から王城と麓の王都へと続く道は除雪され、踏み固められた雪道の両端には、幾重にも連なる巨大な氷の柱が建てられるのが、慣わしだ。


 計算され尽くした氷の柱が、朝の光を美しく跳ね返し、険しくも荘厳な白亜の道を、絢爛豪華な皇帝一行が進む様は、息を飲むほどの美しさだと聞いたけれども――その王宮や麓の街までの雪かきも、氷の彫刻が施された柱も、全て人力。

 となれば、馬鹿にならない労力がかかるのは当然で。


 だから今、大神殿には圧倒的に人が少ない。

 特に今夜は司祭長であるシャムール・ギザエットが、最後の星屑のランプの受け入れのため、大神殿を離れている。

 ――抜け出すには最良の夜だ。


「トーコ。…お前にとって戻る事が最善だとは分かっている。」

 抜き身の二本の剣をしまったフォリアが、私と向き合う。

「お前ほど目の放せなかった女はいないが、――あんなふうに、内に閉じこもるお前を二度と見たくは無い。」

 帰れるなら帰してやりたい。

 そう優しく言いながらも、一瞬、複雑な表情を見せたフォリアは、「だが…」と、ちかりと警戒の色を瞳に乗せる。

 そしてその横のレジデも、

「帰るに当たって、どうしても彼女と話す必要があると言う、トーコの気持ちもわかります。けれどももし、また彼女があなたを傷つけようとするならば……。」

 二人とも、実力で阻止するつもりだと、言葉なく私に伝える。


 この部屋からテッラに帰ることは出来ない以上、私たちは麻衣子をつれて、星屑のランプの部屋に、たどり着かなくてはいけない。

 それはレジデの手引きがあるとは言え、困難であることには変わりなくて。

「……わかりました。」

 これが死出の旅路になるかもしれないから、最後に彼女の話を聞きたい……とは、言えなかったし、言わなかった。

 けれど、二人とも私のそんな気持ちはお見通しらしい。

 静かに頷いた私を見てから、強い甘い香りが立ち込めている麻衣子の寝台に、レジデがそっと近づいた。


 今私たちも口の中に含んでいる、気付け薬の丸薬を、レジデは軽く砕いて麻衣子の口に含ませる。

 そうしてから、すでに弱めていた香壺に、幾つかの薬を足して香りを複雑にかえながら、徐々に消して行く。

 この強い香りは、一歩間違えれば、廃人にしかねないほどの、強い麻酔薬だと聞いた。

 過去に自分自身にも使われたそれを、真剣な顔で消して行くレジデの整った横顔を見て、最後にもう一度だけ、ふわふわの彼に会いたかったと、ほんの少しだけ寂しい気持ちが胸を横切った。


「トーコ。」

 ふと、私の隣に立っていたフォリアが、麻衣子とレジデから視線をそらさず、名を呼んだ。

「俺たちが出来る、最善の努力をする。それでも、もしこの地に残ることがあるならば、……今度こそ、諦めろ。」

「……え?」

 一瞬、意味が分からなくて、思わずフォリアの顔を見上げる。

 その顔は、ファンデール王国に居た時よりも、少しやつれていたけれど、相変わらず秀麗で、野性味を増した分、男振りが増したくらいだ。

「俺もあいつも、お前の護り手を、誰かに譲るつもりは無い。――もし残るならば、諦めろ。」

 小さく動揺する私に、苦笑いの表情で、けれども真剣な瞳でそう言うと、最後に優しく微笑んで「テッラで幸せになれ。」そう言った。


 目頭が熱くなりそうで、声は出せなかったけれど、思いをこめて、小さく頷く。

 二人に会えて、充分、幸せだったよ。

 辛いことも多かった。

 けれども、あなた達に会えて幸せだった。


 ――だから、私は前に進まなくてはならない。

 立ち止まることは許されない。

 香りが消えた寝台から、静かに下がるレジデとフォリア。


 ……ここからは、私の戦いだ。

 深呼吸を一つ。前に進む。

 心臓の音が、うるさい。

 

「遠藤さん。遠藤さん。――…麻衣子さん。」


 私の掠れた声に、眠れる聖女のまつ毛が震えた。

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