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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
134/171

信ずるもの 1

「本当に――…話し合う、おつもりなのですか?」

「うん。このまま意識の無いまま運んで、途中で暴れられた方が嫌でしょう?」

 賛成しかねる、二人の小さなため息を背中で聞きながら、カットソーに袖を通す。

 動きやすいパンツスタイルに、足首までの短い靴下。

 足に馴染んだスニーカーが心地よい。

 いつものシュシュのかわりに、こればかりは、ちぐはぐな革紐で、少しきつめに髪を結わえば……出来上がりだ。

 背を向けていた二人に合図を送って、三人で改めて向かい合う。


 今宵は静月の夜。

 葉山橙子として相対した私に、目を細めたレジデと、目を見開いたフォリア。

「………。」

 何も言わない二人に微笑んで、静かに頭を下げる。

「二人には、本当にお世話になりました。どうぞ……どうか、お元気で。」

 どれだけの言葉を尽くしても、気持ちを伝える事なんて出来るはずもなくて、――結局、何だか他人行儀な挨拶をひとつ。すべての思いを込めて、頭を下げた。


 この窓の無い石造りの小部屋は、二間続きの防音室。

 きついほど甘い匂いの立ち込める続きの部屋をみれば、殺風景な部屋にポツンと豪奢な寝台がひとつ。

 そこには、こんこんと眠る麻衣子の姿が見て取れた。

 

 ――私は三人で話した、あの夜明け。自分からシャムールに面会を申し込んだ。

「それでは姫は、自ら神子姫の地位に着くと――そうおっしゃるのですか?」

「ええ。あなたが欲しいのは、『理知的で従順な乙女。白痴では無い』のでしょう?」

 生けるテッラ人なのかと、興奮冷めやらぬ他の司祭は無視して、苦笑しながら記憶の底で眠っていた、シャムールの発言をすくい上げる。

「ならば私は要求します。フォリアと私を、客人として迎えて下さい。」

 私が望んだのは、彼の命、二人の安全と最低限の自由。

 その対価は、神子姫としての人生だ。

 静月の夜まで、ほんの数日騙されてくれれば良い……。そう思わずに、全身全霊をかけて交渉を進める。

 ――何としてでも、王宮の牢に、フォリアを連れて行かせるわけにはいかなかった。


「レジデールを使った偽装人質事件と洗脳は、私に自主的に神子姫をさせる為だったのでしょう?ならば、この話は決して悪い話ではないはずです。

 テッラ人などと言う馬鹿馬鹿しい誤解はおいて、私に過去の記憶が無いのは本当です。けれども、そんな薄情な私でも、大切な人が害されるのは見過ごせません。」

「………。」

「フォリアと私に、安全と幾ばくかの自由を……。そうすれば、あなた達の望むように、神子姫の役目を務めましょう。――あなた達が大切にしている、半月後のロアの祭り。薬漬けの自閉の神子姫が、その大役を担うのと、自発的に務めるのでは、大分違うのではないですか?」


 ファンデール王国の花祭りに相当する、『ロアの祝祭』。

 アランタトルの化身の神子姫が、雪と氷で閉ざされた大神殿を開き、皇帝に、信徒に、春の光の祝福を授ける日。

 他国の一年の豊穣を願う春祭りと違って、この春の光を向かえる祝祭は、宗教的な意味が非常に強い。

 新たな神子姫の世代交代を発表するなら、この祝祭をおいて他に無いし、なによりもレジデの読みが正しければ、このロアの祝祭を利用して一気に戦争の火蓋が切って落とされる。


『彼らにとって、麻衣子が生きているうちに、私が自発的に協力するのであれば、それに勝るものは無い。』

『私の身柄さえ確保できるならば、テッラ人の疑惑やフォリアの処遇などを急ぐより、神子姫の世代交代を優先させるはず。』

 ――そう考えた、私たちの読みは当たった。 


 静謐な水を湛えたような、シャムールが本当は何を考えていたのかは分からない。

 けれども、表面上ながらも交渉は、成立。

 フォリアは牢から出され、レジデの管理下に置かれる事となり――無事今宵、フォリアも軟禁部屋から抜け出す事が出来たのだ。


「……まだ――、幾つかの難関が残っています。別れの言葉には、少し早いですよ。」

 レジデールとして、深い灰色のローブを身にまとったレジデが、ほんの少しだけ困ったように、穏やかに笑う。

 するとレジデから渡された剣を、すらりと抜いてチェックしていたフォリアも、

「この天女はいつだって、せっかちだったからな。」

 と、いつもの顔でニヤリと笑った。


 まだファンデール王国にいた頃、二人に請われて話したテッラの物語で、何故か二人が気に入ったのは、「天女の羽衣」と「人魚姫」の物語。

 勿論、園児たちに話した時とは違って、吃驚するような解釈が相次いで出たけれど――暖かな暖炉の前で三人で話し合った日は遠い。

 軟禁生活のせいで、逆にしなやかな野性味が増したフォリアと、理知的な瞳で穏やかに笑う、芯の強い青年姿のレジデ。

 一枚の絵のような、静と動のような二人の姿を見るのも、これが最後だ。

 とは言え、確かにテッラに帰るには、まだ幾つかの難関が残っているんだよね。

 その一つが、隣の部屋に眠る……彼女の存在だ。


 麻衣子はあの日から、狂ったように私の名を呼び、暴れ、自制を失ったらしい。

 元々、鎮静効果のある薬を多量に使い、何とか体裁を整えていた危うい聖女。

 間も無く死す『先代』よりも、自閉が解けた『新たな神子姫』の心の安静を優先すべし!との声から、結果、麻衣子は薬で昏倒させられたのだと言う。

 今はレジデが手配した、この防音室に隔離され、――唯ひたすら、静かに眠りについていた。

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