アランタトルの檻 26
あの日から、五日間の時が過ぎた。
シャムール・ギザエットとの交渉が上手くいって、フォリアの住環境と少しの安全を確保出来た日の夜。一晩だけ、ひっそりと泣き通した。
こちらの世界に残る事は出来ない。
誰かの人生を犠牲にして、この世界で生きていくことは出来ない。
……それは分かっている。
けれども、離別への思い。
知ってしまったそれぞれの立場と、やるせなさ。
元の世界へ無事戻れるかと言う、死への恐怖。
それらが綯い交ぜになって、胸をふさいで、苦しくて、……はち切れそうな思いを抱え、これが最後だと涙を流した。
レジデを信用していないわけじゃない。
けれども、施された治療魔法はどうなるのか、あの崖の途中に戻されるのか、元の時間軸に戻れるのかーーそんな事は、彼にだって分からないのだ。
もしかしたら、帰ると言うこと自体が、目隠しをしたまま幹線道路を横切るような、命綱をつけずに綱渡りをするような、――…そんな先の無い、無謀な賭けなのかもしれない。
無理矢理、押さえつけていた不安は一度溢れ出てしまえば止まらなくて。
生々しいリバウンドの記憶と、生死の境をさまよったシグルスの館での記憶。それらが、身体を引き裂いて、痛切に自分勝手な叫びを上げる。
『このまま、この世界にいれば良いじゃない!』
『このままクリストファレスで、生きていく未来だってあるでしょう!?』
離れたくないという思いと、荒れ狂う恐怖心に身を引き裂かれながらも、それでも元の世界に戻らないという選択は無いのだと、寝台に顔を埋めて慟哭する。
そうして、胸の内が、空っぽになるまで、泣いて泣いて。
朝日が滲み出した部屋で、ふと、いない人の声が聞こえた気がした。
『ねぇ、トーコ。もしトーコのオカアサンが生きていたら、何度でもトーコを助けるためにその身を投げ出すのではないでしょうか。――…それこそ、一片の迷いも無く。』
いつの日か伝えられた言葉に、ぼんやりと、あの日に通った抜け道のある壁を見る。
ああ。そうか。
枯れはてたと思った涙が、暖かさをもって、ぽろりと零れ落ちる。
本来ならば、幾度と無く失われていた筈の私の命。
けれども、麻衣子とテッラに帰ることで、戦火で失われるはずの命が……、次へと繋がるのか。
フォリアとミクラム嬢に、赤子が生まれるかもしれない。
レジデのような、悲しい育ちをする子が、いなくなるかもしれない。
光気を補充できなくなったクリストファレスで、治療魔法によって、助かる命が増えるかもしれない。
例え、この命がここで終わるのだとしても、私の選んだ道の先で――…命が紡がれる。
新しい、命になる。
ならば、何も怖がることは無い。
私の命が果てたとしても、二度と彼らに会えなくても――…。
この世界へ来れて、良かった。