アランタトルの檻 24
その昔、自由を欲したレジデールが一番最初にした事は、時の館に新たに入ってくるカケラから、光気をいち早く消失させる細工だった。
光気が消えたカケラをいくら集めても、害は無い。
更に、認識すらされてない光気が消えたところで、魔術学院にばれて騒がれることはないし、教団の監視員も、時の館にまでは入ることが出来ないのも幸いした。
「――…つまり時の館にあるカケラは、光気が抜けた残骸ばかりなのか?」
「そうです。水を入れた桶に、ナイフで穴を開けたようなもの。転送の魔法陣に細工を施したので、どんなに新たなカケラを館に集めても、光気は霧散していきます。」
もう既に、レジデールが細工をする前とは比べ物にならないくらい、館の光気は散じていると言う。
しかし、時の館にあるカケラに、必要なエネルギーが無いと分かれば、教団が次にするのは『召還』だ。
「ですから先手を打って、召還ができないような数々の小細工も、時の館やカケラに施す必要がありました。」
「随分徹底しているな。――……危険を冒して星屑のランプを壊しても、新たなカケラから、ランプを作られてしまえば、意味は無いと言うわけか。」
「はい。逆を言えば、星屑のランプを壊した時点で、大量の光気を用意できなければ、二度と星屑のランプを作ることは出来なくなります。」
そうして、長い時間をかけながらも、段々と揃う準備。
そこで、レジデールは、はたと気がつく。
――写真からイメージをつけて、新たなカケラを召還することは、出来てしまうのだろうかと。
「一人が思いついたということは、必ず誰かが思いつきます。」
そうして思いつく限りの、複雑な召還を試し、成功したものは、今後は成功しないように、入念に館の結界を書き換えた。
「そして、ようやく……すべての準備が整いました。――トーコを召還したのは、その最後の試験召還でした。」
レジデールの長年の計画の、本当に最後の最後で、突如現れた瀕死のテッラ人。
さぞかし、驚いたろう。
そして、――…邪魔に思ったろう。
必死に光気を散らしてきたのに、よりにもよって、光気の塊のようなテッラ人が現れたのだ。
それなのに――…、何故レジデールは、私を助けたんだろうか。
「………。」
何故見殺しにしなかったのかと、聞くに聞けなくて逡巡する私の横で、レジデールはフォリアに改めて向かい直り、私に話したのと同じ、王宮の牢屋の話をした後、こう言った。
「だからお願いです。どうか五日後のドサクサにまぎれて、必ず逃げて下さい。」
「………完全に自由が利かない俺に、言うセリフか?」
不審そうに、小さく片眉を上げるフォリアに、レジデールの呆れたような声が返る。
「まさか、あなたは自分がトーコを助けに来て、そのまま捕らわれたと……私に信じろというんですか?」
「……。」
「第一、簡単に捕まるような、そんな可愛げのある人間ではないでしょう?」
あなたのことだ。最低でも、自分とトーコが逃げ出す算段はつけてあるはずです。
そう苦笑したような声に、静かにそれを見守っていたフォリアが、本当に小さく、片方の口角を上げる。
それって、つまり……。
「もしかして、フォリアは、わざと……捕まったの?」
血の滲む口角や、痛々しい殴打の跡。
ここまでの傷を覚悟して、わざと捕まったというの!?
信じられない思いでフォリアを見れば、どきりとするくらい優しい目をした男が、その長い腕を伸ばして、私の髪を一筋梳いた。
「あのまま、廃人のようなお前を、そのままにはして置けまい。」
お前の意識を繋ぐ一つのカケラとなるなら、それでよかった。
そう言って頬に労わるように置かれた手の暖かさに、どう返答して良いかわからなくて、視線を落とす。
ああ、もうっ……。
「何で……。」
こんな危険を顧みず、怪我までして。
言葉をなくした私に、
「もう少し、早く捕まる予定だったんだがな。……守護の呪が発動したせいで、余裕がなくなって、あまり手加減出来ずに、暴れたのは俺のミスだ。」
お前が気にすることでは無い。
そう言って、少しばつが悪そうに苦笑する。
「手の内を明かせとは言いません。信用も無いでしょう。けれども私の話を聞いて欲しかった。そして願わくば、――…五日間は静観して下さい。貴方も、貴方の後ろの組織にも。」
「――…お前の話は分かった。信じる信じないは別として、トーコを帰す日には同席させろ。」
「帰郷に反対は……、しないのですね。」
その問いに、フォリアは小さく肩をすくめて、天を仰ぐ。
「あんな姿を見せられて、か? ――今更、反対も無いだろう。」
その言葉に、レジデールは一瞬、痛みを堪えるような顔をした後、凛とした表情で、フォリアと向き合う。
「構いませんが、危険ですよ。」
「今さらだ。――少なくとも、自分の目で見届けさせろ。トーコの進む道も……、お前の覚悟も。」




