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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
130/171

アランタトルの檻 23

「つまり、レジデールのお母さんが……神子姫、だったの?」

 とつとつと話す男の、想像もしていなかった言葉に、フォリアと二人、唖然とする。

 そんな私の言葉に、彼は整った顔を少し困った形にして、「母――と、呼べるかは分かりませんが、私を産んだ女性が神子姫の一人であったのは確かです。」と、小さく笑みを作った。

「何としてでも光気を強く持つ人間が欲しかった教団が、無理やり取った手段の一つです。卑しいといわれる獣人族の中から、魔力と繁殖力が強いといわれる一族を拾い上げ、当時の神子姫と『掛け合わせた』結果、私が生まれました。」

 ですからシルヴィアと違って、私には一滴もテッラ人の血は流れていません。

 牢屋の石壁の前に座った彼は、いつもと変わらない微笑みと、落ち着いた低い声で、家畜の品種改良の話をするかのように、そう話す。


「神子姫から生まれても、神子姫の素地を持つとは限りません。しかし何の偶然か、私は微弱の光気をまとって生まれた……。長い教団の歴史の中でも、男で、しかも獣人族の光気保持者は初めてです。」

 だからある種、特殊なサンプルとして育てられたのだと、当たり前のように説明する姿に、レジデールとこの国の闇の深さを垣間見た気がした。


 この違和感を……、何て言ったら良いんだろう。

 今彼が話していることが嘘だと言うのでは無い。

 けど――…、ただ、どことなく優しい雰囲気の顔立ちにも、理知的な琥珀の瞳にも、怒りも、憤りも――…、悲しみすら見受けられないのだ。

 それは、いつの日にか『自分たちはシルヴィアが誘拐された為に作られた――ただの道具だ』と、強い自嘲をこめて皮肉気に話したフォリアの姿とは、あまりに違う。

 そう……。

 それは、まるで――…。

 

 思わず深く、思考の海に沈みそうになる私の前で、取り成すように、レジデールは焦げ茶の髪をさらりと揺らして、

「教団の誤算は、その後、有力な神子姫に恵まれなかったことです。」

 と、両の手を前に差し出して、マジシャンのように広げる。

「光気は、何もしなければ、時間と共に失われていく物。国内を治めるのに必要な光気は年々増えるばかりなのに、供給が追いつかない。――とは言え、流石に私を神子姫に仕立て上げるのは無理があります。」

 確かにフォリアよりも小柄とは言え、レジデールの外見は、立派な青年。

 広げられた手を見ても分かる通り、露出の少ない神子姫の装束を着せたところで、女性にはなりえないだろう。


「だから教団は、私の身分を隠して『時の館』に潜入させる事にしたんです。……この地に残る、光気の残滓を蓄えさせ、定期的に教団に持ち帰らせる為に。」

「じゃぁ……麻衣子の直前の神子姫は、ただのダミーの少女で、本来神子姫が収める光気を、かわりに収めていたのはレジデールだったの?」

「はい。」

「……つまり、最初から、何かを探るためにファンデールに潜入していたわけではないのか。」

 それまで口を開くことなく静かに聞いていたフォリアが、少しの沈黙の後、目を細めてそう尋ねた。

 その姿は、獲物の動きをじっと見つめる肉食動物のようで、気が小さい者ならそれだけですくみ上がりそうな迫力で。


 けれどもかつては『親友』とまで言われたレジデールは、その雰囲気に飲まれることなく、小さく微笑む。

「そうです。そもそも、密偵の仕事をするようになったのも、そこまで昔の話ではありません。――私は、マイコが現れるまでは、教団が管理する唯一の光気の保持者。危険を冒さず、星屑のランプに光気を持ち帰ることが、全てにおいて優先させられることでした。」

 もしかして……と、ふと思う。

 レジデールは選択の自由なく、ただただ祖国に言われるがまま、異国で魔術師になり、光気を集めては、あの星屑のランプの部屋に座り続けたのだろうか。


 もしそうだとするならば……、この強大な軍事国家のなかで、レジデールに自由意志なんて、ほんの少しでも、あったの?

 自分の話を無意識に、無機物のように話すレジデールの姿に、何とも言えない、冷たく重い塊を飲み込んだような陰鬱な感情が、胸の内に滲む。

 それはフォリアも同じだったのだろう。

 傍にいた私が辛うじて聞き取れる程度の、本当に小さな舌打ちが耳を打った。 


 私が気がついたことを、親友であったフォリアが、気がついていないわけが無い。

 少年と言える頃から、机を並べていたはずの二人の胸の内を推測することは、私には出来ないけれど、どちらにしろ心中は複雑だろう。

 しばらくの間、誰も何も言えずに、沈黙が広がった。


「……しかし、私は疲れました。」

 ぽつりと、小さく呟かれた声に、一瞬、聞き間違いかと思って、思わず目を見開く。

 すると、それを受けたレジデールが、ちらと笑った。

「もう終わりにしたいと、ずっと願っていました。」

 声を荒げることなく、強く訴えるでなく、――低く穏やかに、そう話す声に、これが彼にとって、嘘偽り無い願いなのだと分かって、胸を打つ。


「けれども、ただ逃げただけでは、何も解決しないことも、痛いほど分かっています。――全てを終わりにする為には、幾つかの準備と後始末が必要でした。」

 光気による、独裁軍事国家の統治。

 この輪を切るには、星屑のランプを壊すこと、そして新たな星屑のランプを作れないようにすることが必要で。

「トーコを巻き込んでしまった、複雑な『召還』を時の館で試していたのも、その為でした。」


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