アランタトルの檻 22
二度も殺意を持って、殺されかけた。
それに対する、恐怖と怒りが無いわけはないよ。
けれども、見知った一人の人間の、その命の終わりを知るというのは、また種類の違った恐怖だ。
ましてや他人事ではない。
思わず色をなくした私に、レジデールは気がついたのか、二人の蘇生法は全く異なりますと、安心させるように説明をしてくれる。
「瀕死のマイコは、強引な治療を重ねての、本当に無理やりの延命でした。――けれども、それももう限界です。」
「止める手立ては、無いのか。」
「ありません。既に導火線に火がついている。……早めることは出来ても、延命はもう不可能です。」
「………。」
「強い『光気』を持つマイコが手に入ってから、クリストファレスは入念に準備を重ねてきました。あのままトーコがファンデールにいたら、確実に戦火に巻き込む事になる。」
「………。」
「そして何より、マイコがこの地で憎しみを持ったまま死ねば、今度こそトーコを帰すことは出来なくなります。」
淀みなく答える低い声。
隣国の奥深くへ密偵として潜り込んでいたレジデールの脳裏にあった、心を失った神子姫の姿。――殺されて此方に来たのだと、そう私に告白された時に、二人の関連性を確信してしまったのだと言う。
そして、もう他に選択の余地など無いのだとも。
「……つまり、クリストファレスはコウキを使って、戦争を起こす気なの?」
私とマイコとシルヴィアと。
歴代の神子姫が持つという光気が、精霊を混乱に陥れる物だと仮定するならば、それは他人事では、無いのではないか。
「はい。星屑のランプの正体は、光気の貯蓄・増幅器。――…準備は既に整っています。」
ぶるりと震えた私に、静かな瞳がかえる。
朦朧とした意識のまま、座り続けた星屑のランプの部屋。
日に日に強くなっていった、淡い光のランプ達が意味するものは……。
言葉をなくし、呆然とする私の横で、フォリアが小さく眉を寄せて、問いかける。
「待て。何だ、そのコウキというのは。」
今更の、けれども根幹を成す質問に、レジデールはきらりとその理知的な目を光らせる。
「光気とは、落ちて来たばかりのカケラが持つ、異世界のエネルギー。」
「……異世界の、エネルギー?」
「そうです。そもそも光の教団とは、そのエネルギーを研究するための、極秘プロジェクトの総称。」
光気は、この世界の根幹をなす、精霊の力を『無』にする力。
穏やかに伝えられた、とんでもない発言に、フォリアは小さく呻いて黙る。
「――ひとたび光気を使った戦争が起これば、たちまち光気の存在は諸外国の知るところになり……カケラを大量に持つファンデール王国は、そして何よりもトーコが、世界から狙われます。」
だからお願いします。
どうかトーコの帰郷に協力して下さい。
――そう、レジデールがフォリアに深く頭を下げた。
* * *
「この世界の文明を発展させた精霊の力と、全く異質のエネルギーをカケラから抽出できたのは、ほんの偶然だったと言われています。」
元々クリストファレスは、精霊の気性が荒く、魔術具が使いにくい極寒の地。
それ故、『精霊を利用しないと思われる、テッラの技術』の研究が、他国より盛んだった。
そこで偶然見つけられたのが、落ちてきたばかりのカケラしか持たない、微弱なエネルギー『光気』。
時間と共に消えゆくそれは、相互作用を持ち、一定の条件化で緩やかな増幅も可能だという。
「精霊たちは、その異質なエネルギーを嫌いました。そこで教団は、星屑のランプを使って光気をコントロールの研究を始めたのです。」
本来は、精霊の代替エネルギーとして始まった研究は、いつしかスポンサーの意向を汲んで、次第に軍事利用の色を濃くしていく。
「そして、そのスポンサーとなったのが、クリストファレスの歴代の皇帝です。」
「ちょっと待って。自国の発展のために、カケラの研究をしていたのでしょう!?何でわざわざ、魔術具を利用できなくするランプを、自国の領地内に設置する必要があったの?」
普段星屑のランプは、光の教団の各支部の神殿に、ご神体のように祭られていたはずだ。
他国侵略の鍵になるのは分かるけど、自国内の精霊を更に混乱させたら、意味がないじゃないか。
そんな私の質問に、冷めた答えが落とされる。
「……国内を治めるためだろうな。」
「え?」
「クリストファレスは、広大な国だ。さらには、もともと精霊の気性が激しく、貧富の差も激しい。――…となれば、反乱の危険は常にあるだろう。」
「そうです。更には、医術で回復できないような治療を、教団の中でこっそりと医療魔法を使って行えば、人心掌握も資金収集も簡単に行えますしね。」
「そんな……。」
得心が行ったように、静かに頷くフォリアの横で、混乱の余り絶句する。
「ですから、テッラ人のトーコとマイコが、強い光気を持っていることも、神子姫たる資格を持つことも、当然なんです。」
じゃぁ、シルヴィアは――…。
そう喘ぐような、私の問いかけに、「分かりませんか?」と、静かな答えが返る。
「黒い髪、黒い瞳のトーコとマイコ。そして同じ色の、フィルディナント二世の外見。」
まさか。
「貴女が国王の隠し子なのではなく、ファンデール国王の血筋に、そしてシルヴィアの血に、テッラ人の血が流れているのです。」
ここからは、ユーン本家の図書室と、王宮書庫へ侵入して推論です。
そう、前置きしてレジデールは静かに話す。
フェルディナント二世の父とレイラ姫の、その父親であった、戦乱の英雄王ケルディアイ。
数々の地方の乱を鎮め、国を安定に導いた英雄王は、当時少数民族が支配していた西の森から、一人の女性を妻に迎えているという。
「滅多に後宮から出さなかった、その女性こそが、テッラ人だったのではないですか?」
真っ直ぐに向けられたその問いに、何故だかフォリアは答えない。
ただ静かに鋭い視線を、向けるだけだ。
でも、だとするなら、
「待って。だってテッラ人を召還出来たことは今まで無いって、言ってたじゃない。」
「はい。命ある生物――取り分け、テッラ人を『召還』出来たことは、ありません。」
「なら……!」
「しかし、私たちが望んで乞うた『召喚』では無く、瀕死や仮死状態のテッラ人がこの地にたどり着いた前例はゼロでは無いのです。」
「……っ!」
広大なクリストファレスの国家機密の一つ。
それがマイコを初めとする、『落ち人』の存在です。――男は、そう結んだ。
「他国で落ち人が発見された話は、聞きません。そもそも落ち人は、必ずと言っていいほど、死亡して見つかります。……けれども医療魔術に長け、カケラを大量に持つファンデール王国なら、生きながらえた落ち人がいても不思議ではない。」
違いますか?と、静かな問いかけに、相変わらず、フォリアは何も話さない。
ただ、その静かな沈黙が一つの答えであり、猟犬として――そしてシルヴィアの異母弟としてフォリアが持つ知識の『何か』の琴線に触れている事だけは分かった。
静かな沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、自分だった。
「――…ねぇ。」
小さく顎が上がり、ぽつりと、宙に問いかける。
集まる二人の視線に覚悟を決め、琥珀色の瞳をもつ男の双眸をひたと見据える。
「何故、そこまで詳しいの。」
それは、ずっと後回しにしていた、一つの質問。
ここまで詳しいなら、レジデールは、ただのスパイじゃないはずだ。
密偵に情報を与えすぎて良い事なんて無いわけで。
だとしたら、
「レジデール、あなたは何。」
ずっと怖くて聞けなかった、その問い。
レジデールは、少し困った顔で一度目を伏せた。
そうしてもう一度、柔らかく微笑む。
レジデが浮かべていたような、いつもの安心する、残酷なほど優しい、偽装の微笑みで。
「私はマイコとトーコがこの地に来るまで、光の教団が管理する……光気を持った、唯一の人間でした。」