アランタトルの檻 21
「トーコと同時に召喚された人間で、トーコを殺意と憎悪を持って、突き落とした犯人。……厄介な関係だな。」
淡々と、かなりの所まで話し終えたレジデールに、フォリアは長い息を吐くようにして、そう返した。
――…厄介?
「ずっと不思議だったんです。何故、時の館で逆召喚をしようとした時、こんなにもトーコがこの地に結びついているのか。」
意味が判らなく混乱する私と、小さく呻くフォリア。
……小さな円陣を組むように、向かい合って三人で座りながらも、それでも以前の三人とは違う。
そのどうしようもない違和感に、無理やり目をつむり、同世代の青年に転じてしまった彼に、疑問を問いかけた。
「彼女は……麻衣子は、何故この地に?」
以前の説明を信じるのであれば、私は自動車のついでに召還されてしまった、いわば偶発的な存在だ。
なのに、どうして彼女がこの地にいるのだろう。
「多分、召喚に巻き込まれたのでしょう。」
そんな疑問に対して冷静に返された答えは、半分予想していたものだったけれども、反面どうしたって疑問も残る。
納得がいかなくて、眉間にしわを寄せた私にレジデールは、そうですね。と、床に投げ出されていた鎖を、おもむろに両指ですくい、鎖を絡ませた両方の人差し指を、あわせるように近づけた。
「殺意にまで育った強い『憎悪』は、深い愛情と同じくらいに、二人の間に強い結びつきを作ります。トーコが召喚された瞬間は、最も憎しみが育った瞬間でもあり、二人が強い因果で結ばれた瞬間でもある。」
片方の指を引っ張れば、自然と反対の指もそれを追う。
「マイコが本当に直ぐ傍にいたのであれば……、召還に巻き込まれた可能性は、充分にあります。」
もつれ合って崖から落ちた二台の車。
あの時、崖の途中の枯れ木に引っかかっていた時点で、マイコの車も直ぐ傍に、重なり合っていたとしても、不思議じゃない。
じゃぁやはり、あの時点で二人とも、こちらの世界に流されたの?
「しかし、マイコがこの地に降り立ったのは、トーコの覚醒より年単位で早い。それはどう説明する?」
思案顔のフォリアが静かに問うた。
「時間軸がぶれたのは、時の館の結界に弾かれた衝撃から、そして着地点がずれたのは、時の館以外で最もカケラを集めていたのが、クリストファレスだったからでは無いでしょうか。」
大量のカケラは、新たなカケラをひきつける為の、呼び水になるのだという説明を思い出す。
「じゃぁ……麻衣子は、クリストファレスで発見されたの?」
「はい。トーコと同じ、瀕死の状態で発見されました。――しかし、トーコのように瞬時に治療する事も、言葉を覚える事も出来なかったマイコは、正気を保つことが出来なかった……。」
「――…最初から、狂人だったのか?」
「意識を取り戻させてから、ずっと気狂いであることは確かです。……逆恨みでトーコを突き落としたなら、もしかしたら、すでにテッラで狂っていたのかもしれませんね。」
こちらの世界での彼女は、幻聴・幻覚症状に徘徊。時には狂ったように、暴力を振るうこともあるという。
首を絞められた生々しい、あの感触と、聖女のような柔らかな笑み。
本当のところは、彼女本人しか分からない。
けれど、あの般若のような顔を思い出せば、元の世界にいた時点で、もう彼女は精神の均衡を欠いていたのだろう。
「先程にも話した通り、強い結びつきのあるマイコをそのままに、トーコだけを元の世界に戻すのは、無理があります。」
じゃらりと、レジデールが指に絡めていた鎖を解けば、自重で鎖は地に落ちる。
「――確かに、な。……この地に鎖を打ちつけてあるのと、変わらない。」
重く、蛇のようにとぐろを巻いた鈍い鎖を見つめ、立てた片膝に頬杖をつくように聞いていたフォリアが、顔を起こし、そう静かに同意する。
「しかしそれなら、何故ここまで無理をした。――もっと穏便に事を運ぶ方法も、……それこそ時間はかかるが、マイコとトーコの因果の鎖を解く方法もあった筈だ。」
「………。」
私には、レジデールの説明が、本当か嘘か判断するすべは無い。
けれども、フォリアの様子を見れば、整合性が取れていない話はしていないのだと、辛うじて分かる。
そんな試金石のようなフォリアの質問に、レジデールは一度小さく目を伏せ、決意するように私の顔を見た。
「……もう時間がありません。」
低く、重い声。
何としてでもテッラに帰したかった。
そう伝える瞳は、くるくると愛らしく変わった瞳とは、似ても似つかない静かな琥珀の瞳。
吸い寄せられるように、その瞳を見つめる私に、いつまでも聞いていたいような落ち着き払った魅惑の声が、天使のように、死神のように、宣告する。
「――…現在の神子姫、マイコの寿命は持ってあと三月。クリストファレスは何としてでも、マイコの在命中に戦いを仕掛けるからです。」
………マイコの、寿命?