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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
126/171

アランタトルの檻 19

 心は決まった。

 幾つかの説明を受けてから、急いで身支度をして、殆ど明かりの入らない隠し通路へと身を沈める。

 勾配のある曲がりくねった隠し通路を、無言で右へ左へと突き進む。

 万が一にも他に明かりが漏れないようにと、明かりも無く進む道。

 身にまとう重い黒い外套が、淀んだ空気をかき乱すように、時折ひるがえる。


 焦りと、不審と混乱と。

 そんな中、迷いない足取りで、足音もせず歩く男の手の体温だけが、この暗闇で確かなものだ。

 人工的に作られた隠し通路は、山道とは比べるべくもないけれど、それでも時折剥き出しの岩肌や、小さな謎の小動物が足元を駆け抜けていき、単調には進めない。

 その度に、しっかりと支えてくれるレジデールの手は、ダンスの練習で何度も握った、剣を持つ二人の男の手とは全く違う。

 厚くもなく、硬くもない手の平。

 筆圧が強いせいで、所々固くなった指先。

 闇の中、黒尽くめの二人の間で、その握り締められた手だけが、ぼうっと明るい。

 焦燥と疑惑に染まる私の心に、その握り締められた手の暖かさが、今の私には――苦しかった。


「では、後は打ち合わせ通りに……。」

 そうして、たどり着いた隠し通路の出口。

 古い石像の置かれた、階段の踊り場から滑り出した二つの影は、牢へ続く階段を静かに降りる私と、見張りの兵士に小細工をしに行く為に、すべるように階段を上がるレジデールと、双方向に分かれる。

 お互い振り向かず、一言も声を出さず。 

 重い鉄の扉に飛びつくように鍵を差し込みながら、それでも心のどこかで、彼は、――レジデールは、本当に三人で話すための小細工をしに行ったのだろうかと、静かに思う。

 

 けれども、もし『今も』騙されていたとして、それで何か変わるの?

 そう思えば、答えは否だ。

 ならば万が一にでも、フォリアに会える可能性にかけた方が良い。

 渡された鍵束を使い、冷たい鉄の扉を開ければ、握り締められた手の暖かさなんて、一瞬で何処かへ消える。


 そうして、振り切るように鉄格子が並ぶ薄暗い廊下の先を見れば、そこだけさらに頑丈な鉄の扉が見えた。

 牢屋が常備されている時点で、充分カルト教団だと、苦々しく思う。

 今は無人とは言え、こんな幾つも並ぶ牢屋が神殿にあること事体が、充分異常だよ。


 視界の端に入るがらんとした牢屋の奥に、拷問道具のようなものを見つけ、頭の芯がぶるりと、冷たく震え上がる。

 ――フォリア!

 嫌な想像を吹き飛ばすように、夢中で足を伸ばす。

 瞬間、消えた床の感触。

 強い衝撃と、叩きつけられた石畳。

「――!ったぁ!」

 数段あった小さな階段を踏み外したと気がつくのと、「――…誰だ!」と、奥から誰何の声が聞こえたのは、ほとんど同時だった。


「――…その声……、―…まさかトーコか!?」

 押し殺したような、低い声。

 掠れているけれど、まごう事なきフォリアの声だ。

 気がつけば、捻った足も気にせず、飛びつくようにして最後の鍵を使って、無我夢中で扉を開け放つ。

 すると、こんな何重にも閉じ込めた、その最奥の牢。

 その中で更に鎖にとらわれていたフォリアが、食い入るようにしてこちらを見つめていた。


「フォリア!」

 よほど手ひどく扱われたのか。

 鎖に繋がれた姿は、最後に見た時よりも、明らかに痣や傷が多い。

 殴られたかのような口元。ざっくりと切れた頬から流れた血は、乾いてこびりつき、少し長めの髪が張り付いている。

 更に、両手首は壁に高く固定されていて、床に座ってこそいるけれど、並の人間なら長時間この姿勢でいるだけで、充分拷問だ。


 けれどもクリストファレスは、細い鋼のように鍛えられた身体と、強靭な精神から、彼の力強さを奪い取ることは出来なかったらしい。

 それどころか、今まで以上に、強い意志と自我が色濃く映し出された夜色の瞳は、野獣のように美しく――傷ついて尚、人の目を惹きつけて放さない。

 制御が難しい。と言われた意味が、よく分かる。

 今の彼は、その均整な身体とも相まって、まるで黒豹のようだ。

 見惚れるほど美しく、鋭い爪を持ち、決して人に媚びない。

 クリストファレスにとって、御しきれないのであれば、脅威にしかならない人物なのだ。


「フォ…リア。」

 無事だったことに対する安堵と、厳重に鎖に繋がれている事への怒りで、炎と氷を一度に飲み込んだような気分になる。

 そして改めて、その傷の多さと酷さに、現状の一端を担ってしまった自分が酷く薄汚く思えて……、鍵束を持ったまま、前に進めず、足が止まる。

 けれども、まるで自身の傷など無かったかのように、軽やかに身を起こしたフォリアは、夜色の瞳を暗くきらめかせると、安堵の溜息と共に、

「無事だったのか。」

 と、一つ目をつぶり、短く天を仰ぐ。


 怪我をしながらのその一言に、私の身を真剣に案じていたフォリアの気持ちを痛いほど感じて、……子どものように、泣きたい気持ちになった。

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