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世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
125/171

アランタトルの檻 18

「――え?」

 言い放たれた言葉に、まじまじと視線を返す。

「ファンデール王都は水の都。運河の街。水路を通し、とある方法で、一気に王都中の精霊を混乱させたら?」

 どうなりますか、との静かな問いに、とっさに言葉が返せない。


 国防の多くを、魔術に頼っているファンデール。

 魔法が使えなくなった、魔術具が作動しなくなった王都に、白兵戦に慣れたきたの軍人が攻め入る。

 そうなれば、万が一にも勝ち目はない。……水の都は火の海だ。

 そんな様子が、脳裏に鮮やかに浮かび上がる。


「そんな、こと。」

 必死に言い返そうとして、ふいに、かちりと一つのピースがはまる音がする。

 忽然と、王宮から攫われたアーラ姫。

 シグルスに教わった、ファンデールの王宮と王都に無数に走る、複雑な魔術具でロックされていた抜け道の存在。

 もし、本当に精霊の暴走を人為的にコントロール出来るとするならば?


「まさか……。」

 神隠しのように、攫われたのは、もう既にクリストファレスが隣国の王宮の抜け道や隠し通路を熟知しているからじゃないの?

 ……だとすれば、事態は思ったよりも相当に悪い。

 美しい王都と王宮は、無自覚なままシロアリに縦横無尽に食い尽くされ、今まさに母屋を乗っ取られようとしているのか。


 ――これが本当なら、戦争は確実に起きる。

 あの皇帝が、動き出さないわけないだろう。

 完全に言葉をなくした私に、更に追い討ちをかけるように、既に王都に似た貿易の街アンバーで、『街規模の実験』にも成功しています。と、レジデールは静かに話す。


 アンバーって……フォリアが治療結界を張っていた、娼館のあった街?

 雨の中運び込まれた、船で脱出した、あの街の名だ。

 確かにあの貿易の街は、王都のような白亜の町並みではなかったけれど、町中に水路が張り巡らされている感じがした。

 もしかして、フォリアや高級娼婦のフィーナが、あそこに拠点を持っていたのは……それを調査していたの?

 ぐるぐるとめまいがしそうな事実に、座っていたソファを思わず握り締める。

 

「傀儡の王には、シルヴィアか、フェルディナント二世の隠し子と言う噂のあるアーラ姫を押し上げる意見が有力です。もちろん、諸侯を争わせて筆頭公爵であるユリウスを押し上げても良い。」

 混乱する私に、淡々と恐ろしいことを言う、魅惑的な声。

 そこに自分の名があることが、信じられない。

「そんなの、……無理に決まってるわ。他の貴族だって、諸外国だって黙っていない。」

「失敗すれば、それこそ力でねじ伏せれば良いだけの事です。」

「……。」

「本来は、クリストファレスと繋がっているユリウス公爵をクーデターの主犯とする予定でした。――しかしフォリアが捕まった。彼はシルヴィアや貴女に対しての、良い人質にもなる代わりに、あまりにも制御が難しい男だ。」

 確かに。

 大人しく人質になるような人ではない。


「ならばいっそ、クーデターの主犯にするか、フォリアを心底憎むユリウス公爵へ下げ渡した方が良いとの考えが有力です。」

 クリストファレスと通じてでも、異母兄のフォリアを廃したかった、筆頭公爵ユーン家の新公爵ユリウス。

 確実にろくな運命は待っていないと、一度しか会ってない私だって判る。

 空転する思考と、静かな焦り。

 二人の間に、言葉に出来ない、無言の時間が流れる。

 その沈黙を破るように、カチリと、時計の長針が一番上に来る音が、部屋に響いた。


「――…もう、あまり時間がありません。」

 静かに、それでも熱心に私を見守っていたレジデールの声に、ほんの少しの焦りが滲み始める。

「フォリアが、せめて神殿内にいるのであれば、私も多少の融通は利かせられます。逃がす道も確保できる。――しかし、王宮の牢屋に入れられてしまえば、私には助け出すことは出来ない。」

 この大神殿は、王侯貴族しか使えない、クリストファレスの王宮から繋がる地下道があるのだと言う。 

「あなたを帰せば、必ず王宮も神殿も混乱する。――その混乱に乗じて、あいつを、フォリアを助けたい。――お願いします。」

 

 深く下げられた頭。

 余りにも身勝手な、レジデールの真摯な願いに、思わず言葉が零れ落ちた。

「私に、これ以上――…何を、させたいの?」

 裏切られた、今までの気持ちが、重く揺らめいて纏わりつく。


 ――どうして今更、元の世界に返れるの?

 ――何故、彼女がこの地にいるの。

 ――私の周りで、何が起こっているの。

 ――あなたは、一体、何が目的だったの……。


 聞きたくて聞けない、沢山の事柄が、その中を水泡のように現れ、そして消えていく。

 そんな私の言葉に、見たこともない程、清らかな微笑が返された。

「……何も。」

 月明かりを受けた、穏やかな表情。

 柔らかく細められた静謐な瞳と、少しだけ上げられた口角。

 何故だかその瞬間、このまま目の前で、解けて消えてしまう気がした。

「………。」

「私を信用できないのは、当然です。」

 思わず言葉を失っていた私に、いつの間にか、先ほどより小さく薄い懐剣を、差し出される。

「時間が無い。続きはフォリアの前で話させて下さい。」


 フォリアの所に……行けるの?

 内心驚きつつ、視線で問えば、押し付けられた懐剣と共に、小さく首肯がかえる。

「私の動きに不審なところがあれば、いつでもそれを使って下さい。」 

 しばらくの沈黙。

「フォリアの前でなら……残りのことも、話してくれるのね。」


「――すべてを。」

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