表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
124/171

アランタトルの檻 17

「――…何も知らせず、帰したかった。」

 小さく耳に落とされた言葉と、悲しげな笑み。

「――…あの神子姫が、あの女性が、マイコなのでしょう?」

 月明かりの下、確信を持った顔で問いかける、男の言葉の意味も分からない。

 ただ、あまりの事に呆然とする私の身体をゆっくりと椅子に座らせると、男は私の前に跪くようにして、静かに話し始める。


「彼女がマイコなら、星屑のランプが集まっている今ならば……今度こそ、あなたをテッラに帰せる。チャンスは一度しかない。――その前に、何とかしてフォリアを助けたい。」

「フォリアを……」

 助ける?

 彼の口から出る、数々の言葉が理解できない。

 けれども、その一言で麻痺していた思考が、ようやっと動きだす。

 助けられるの?その前に、どうしてあなたが……。


 そう思った瞬間、理屈じゃない――目も眩みそうな程の強い怒りと、強い憤りが湧き上がる。

 目の前にいるのは、フォリアと最も敵対しているはずの男。

 その今更な発言に、床に落ちた視線を強く上げれば、月明かりに照らされた男の真剣な顔と向き合う。

 そこには私の知る愛らしい琥珀の瞳も、もふもふの縞の毛並みも無い。

 どうかお願いします。協力して下さい。――と、真摯な、けれども隠し切れない苦渋を滲ませた低い声だけが、辛うじて記憶のものと一致するばかりだ。

 柔らかそうな焦げ茶の髪も、理知的な瞳も、難しい顔が似合わない穏やかな顔立ちすら、今はじめて見た気がする。


 ――ああ。そうか。

 おぼろげなシルエットで認識することしか出来ないくらい……、私は『レジデール』を、そして現実を、受け入れられなかったのか…。


 そんな自分の気持ちに気がついて、焦げ付きそうなほどの怒りは、冷たい水をかけられたように一瞬で消え去り、胸の奥にその残滓が、ずんと重い痛みを走らせる。

 そうして改めて一人の男性である、レジデールに意識を向けてみれば、目の前の彼は、フォリアのように人を強く惹きつける秀麗な容姿でも、シグルスのように頑健な身体つきでも無い。

 美醜で言えば、醜いわけではない。どちらかと言えば整っている方だろう。

 けれども、痩せぎすの身体は、こちらの世界の人としては少し小柄なくらいだし、こんな黒尽くめの服装でなければ、市場の雑踏に紛れてしまいそうな、ごく普通の青年に見えた。

 そんな戦いや、国家機密からもっと遠そうなレジデールは、まるで研究書物を解説するかのように、この上なく物騒なことを話し出す。


「今彼は、シルヴィアやあなたとの繋がりで、辛うじて命を長らえている。ファンデールに対する、皇帝の怨みは深い。――このままなら良くて、フォリアを恨む異母弟のユリウスに下げ渡されるか、最悪クーデターの主犯にされるでしょう。」

「…クーデター?」

「はい。」

 私の問いに、難しい顔で頷く。

 目の前の男の、真剣な、それでもどこか痛みをこらえるような声も、真摯な瞳も、到底一国の中枢にもぐりこんだ隣国のスパイには見えない。

 けれども、それすら計算されつくした物だろうと言う事は、この国来てから痛いほど、経験した。

 何よりも、余りに手痛い経験が、目の前の男を信用するなと、これ以上騙されるなと、全力で警報を発する。


「クーデターの主犯……って、濡れ衣にしたって、無理があるわ。第一級容疑が晴れ、猟犬にまでなったフォリアが、クーデターを起こす筈が無いじゃない。」

 ファンデール王国の勢力図を考えながら、慎重にゆっくりと言葉を返す。

 すると、「猟犬……ですか。」と、複雑な顔でレジデールが答える。

「フォリアが第一級容疑を掛けられたことを知らない人間は、王宮にはいません。……ですが、『猟犬』と知っている人間は、少ない。――ユリウス公爵は、ロワン老ごと国家転覆罪をなすりつけるでしょう。」

「国家転覆罪?」

 それは中央集権の法治国家で、もっとも重い罪だったはずだ。

 

「間も無く、クリストファレスはファンデールに攻め入ります。――しかし皇帝と教団が欲しているのは、荒れ野の大地では無い。商業も盛んなままの美しい水の都と、カケラを貯蔵したままの、時の館だ。」

「………。」

「最も簡単な支配は、力で完全に滅ぼす事ではありません。ファンデール国王一家を打ち取り、その罪を複雑な生い立ちのフォリアになすりつけ、王位継承権を持っていたシルヴィアを、その傀儡の地位に立てる。――これが最も簡単な方法です。」


 淡々と話された内容に混乱する頭に、手をやる。

「無理が……ありすぎるわ。」

 計画ともいえないほど、無謀な計画なのに、まるでレジデールはこの計画が、完遂されることに確信があるかのような口ぶりだ。

「例えば?」

 その静かな問いに、一瞬言葉につまり、シグルスの所で習った知識を精一杯広げる。


 ファンデール王国は、肥沃な大地と運河以外にも、魔術学院と時の館を持つ、魔術大国だ。

 対して、クリストファレスは北の軍事国家とはいえ、白兵戦を得意とする国。

 ファンデール王国のお得意の精霊魔法を利用した先制攻撃は、元の世界言えば、長弓や銃が先陣を切る戦いだ。

 つまり戦いになれば、どうしたってクリストファレスの分が悪い。


 ファンデール王国は、魔術具の利用レベルも高く、軍事の魔法利用も、勿論、抜きん出ている。

 それでもこの二国が、時に小競り合いを起こしながらも、長いこと隣人でいられたのは、クリストファレスが南下するには、魔術大国は強大すぎ、逆にファンデールが大量の魔石を求めて北に攻め入るには、魔法が上手く使えない北の大地は、難解すぎたからだ。

 そんなに簡単に、クリストファレスが勝てるとは思わないし、ましてやフォリアを内通者に仕立て上げ、王都を戦火に巻き込まないなんて、老人の夢物語に過ぎないはず。


 それを伝えれば、本当に良く勉強したんですね。と、小さく苦笑いされ、そして真顔になる。

「ならば、もし、魔法が使えないと言う問題を、教団が人為的にコントロールしているなら?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ