表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界のカケラ  作者: viseo
崩壊編
123/171

アランタトルの檻 16

 ぼんやりと、月の光だけが入る部屋。

 座る窓辺の椅子に、虚脱した身体を預ける。

 身体の重さは、薬が残っているせいなのかもしれないし、余りの衝撃的な一日に呆然としているせいなのかもしれない。

 そう考えながら、人の言葉も理解出来ない程だった自分が、こうして『普通』にしている事が何だか滑稽に思えて、自嘲の笑みが小さく浮かぶ。


 不思議なほど静かな気持ちで、冴え冴えとした月を見上げていると、

 麻衣子の装束姿。

 捕らえられたフォリアと手の紋章。

 リルファたちの目に浮かぶ、狂信と畏怖。

 次々と情景が浮かぶ。

 そんな情景に、静かに思いを馳せていると、ふわりと髪が頬をくすぐった。


 ――…?

 ふと振り返れば、部屋の一角に月の光も届かない、黒い闇を見る。

 あんな所に、隣の部屋へ続く道なんて、あったろうか…。

 疑問に思い、椅子から立ち上がる。

 刹那。

 風が、動いた。


 薄暗闇の中、なお暗い闇が私の後ろに回り込み、立ち上がった私の身体に覆いかぶさる。

 黒尽くめの男の、口元を押さえる手も、腰に回された手も、私の知らないもの。

 けれども、

「静かにっ……」

 耳元に落とされた、低く聞き慣れたバリトンボイス。

 その声に、体中の細胞が震えた。

「……!」


 耐えられない!

 脳裏に浮かぶ拒絶の言葉と共に、ぶわりと吹き上がった生々しい感情で、ようやく気がついた。

 全然、私は『普通』なんかじゃない。

 気持ちが穏やかに思えたのは、自分の感情が麻痺しているからだと言う、その自覚すら無かっただけなのだと、痛みを伴って溢れ出した感情に思い知る。


 怒りなのか、悲しみなのか。

 騙されていたことなのか、裏切られたことなのか。

 何がそんなにもショックだったのか、分からないまま、もうこれ以上、何も聞きたくなくて、――傷つきたくなくて、何も考える間もなく、身体がその声の持ち主に、猛然と抵抗する。

「――!」

 それでも強く抵抗する私を、予想していたのか。

 それとも、抵抗する力さえ、自分にはろくに残っていなかったのか。

 決して頑強な身体の持ち主では無い男に、やすやすと押さえつけられ、微かに身をよじる。

 そうすれば、最後に出来る抵抗は、一つしか無くて。


 放して!と、大きな声を上げかけた私の耳に聞こえた、小さな舌打ちと、声を奪うように、押さえられた頤。

「……っ……!」

 かさつく指と、荒々しく塞がれた唇。

 それは口づけ何てものでは決してなく、まるで溺れる人間がすがりつける最後の木片のように、無我夢中で悲壮で。


「殺しなさい。」

 男の唇が、ほんの少しの隙間から言葉を紡ぐ。

 無理やり握らされた、冷たい金属の感触を確かめる間もなく、ぐいっとむき出しにされた男の首筋に押し当てられる。

「もうこれ以上、一言すら、私の言葉を聞きたく無いのなら……今すぐ私を殺しなさい。」

 薄闇にうかびあがる首筋と、頚動脈に押し当てられた、黒銀の剣。

「っ!」

 その冷たさと、手に感じた、ぷつりと嫌な感触。

 剣を通して感じる、重い肉を切る感触に血の気が引き、指から剣を引き剥がそうとしても、男の手が許さない。

 あとは一気に引くだけだと言われた手に、ぱたりぱたりと、暖かな物がかかる。


 これ以上、追い詰められる所なんてないと思っていた自分の、それでも僅かに残っていた彼への思い。

 それをやすやす探し出した男は、今まさに死を賭して、私に選択を迫る。

 その一片の迷いも無い、決意と覚悟に、全ての意地が――砕けた。


「……ひどい、よ。」

 掠れた声と共に、眦から涙が滑り落ちる。

 ――出来るはずが無いじゃない。

 たとえ彼が私に何をしようとも、全てが嘘だったとしても……どうして私に、出来るのだ。

 私が彼に殺されても、私に彼を殺せるはずが無い。


「……っ。」

 膝から力が抜けた私の肢体を、腕にかき抱くように抱きとめられる。

 それは崩れ落ちる私を支えると言うよりは、縋るようで。

「トウ……コ。」

 乱れた髪に差し入れられた手のひらが、強く腰に巻きつく腕が、決して言葉にしない男の、それでも精一杯の思いを伝えるかのように、熱い。


「五日後の、静月の夜。――…貴女とマイコを、元の世界へ……帰します。」


 ――え?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ