アランタトルの檻 13
「――…どうしたの?」
扉の内側、押さえつけられた私を、振り返った窓辺の女性が私を認める。
その言葉に、心が、震えた。
山間に沈む夕日の、最後の残光に照らされて、その表情は見えない。
けれども、
「……泣いて、いるの?」
小さく小首をかしげ、衣擦れの音と共に私に近寄り、しゃがみこむ。
お互いの、二枚のベール越しでも分かる、あどけない微笑み。
いいこ、いいこと、私を撫でる白く柔らかい手。
「………っ、……ぁ。」
喉が声に絡まって出てこない、私の後ろ。
息を潜めたように見守る信者たち。
ふいに私を撫でていた手が、私のベールをめくり上げ、包み込むように頬を撫でた。
「ね。もう、泣かないの。」
ママがいるから大丈夫。
私の顔を覗き込み、そう続けた聖女の手が、優しくすべる。
「まるで貴女、……先生みたい。」
優しく微笑む口元。
艶やかな黒い髪。
「強くて、健康で、優しそうで、……姑と通じて、ユウイチロウさんを寝とった橙子先生に、そっくり、ね。」
喉に絡みつく10本の指。
ゆっくりと締め上げる指先に、静止する周りの音すら聞こえなくなる。
…――。……、――!!
いつの間にか、のし掛かる聖女の膝が鳩尾に入り、みしりと音がする。
動いた聖女のベールの下。
慈愛に満ちた表情で、覗き込むその美しい顔は、忘れようも無い、見知った顔。
息が、出来ない。
顎が上がる。
絡みつく指を押し返そうと、折れそうな細い手首に私の手がかかる。
涙で滲んだ私の瞳に映るのは、あどけなく、優しい、あの般若のような顔とは別人の、
え……んど…う――さ、ん
思わず声もろくに出せない唇が、その名をかたち作るのと、ばちり!と音がして、大きく目を見開いた聖女が――麻衣子が離れたのは、同時だった。
「――あ……。」
右手の甲が、熱い。
唇がわななき、聖女のような狂女の瞳に、一片の生気が宿った。
「あ、…あぁぁぁぁあっ!!」
叫びはじめた、同じ姿をした麻衣子の狂気が、静かに時を忘れた私の心に流れ込む。
すべての思考を手放し、観察されるだけの、安穏とした自分だけの幸せな世界。
何をされても、決して壊される事のなかった堅固な繭は、麻衣子の叫び声と荒れ狂う感情と共に、揺らぎ、ひび割れ、消え去らんと、ねじくれる。
どうして……、此処に、いるの。
何故、あなたなの。
どうして――私なの!
何一つ考えたく無いのに、ひび割れた隙間から、嵐のような麻衣子の感情が、激流のごとく流れ込む。
「――…!!……っ! 一旦、お引きあそばして!」
私以上に混乱した信者の女達に、問答無用、部屋から出され、星屑のランプの部屋に戻る道を足早に連れていかれる。
「一大事でございます!一大事でございます!」
「大切な御身でございますれば! とにかくっ、司祭長様にお繋ぎ遊ばして!」
「大変でございます!一大事で御座います!」
ばたばたと、守られるように神殿に戻りながら、決して動揺などしないと思っていた女信者達が、神に縋るように、己の長を求める。
けれども、
「此方に来てはならぬと、申し付けたろう!」
「早く、神子姫様を奥にお隠し申せ!」
この異常事態を神殿にいち早く伝えようとした周りの人間の混乱と、地下神殿の周囲に感じた、いつもと違ったざわめき。
大神殿から出てきて、私達を押し返しそうとした男性信者達と、ほんの一瞬、押し問答が起きた。
――その後ろから、鈍い鋼の音と、高らかな叫び声。
「魔剣士フォリア! 無事、身柄拘束致しました!!」