アランタトルの檻 12
代償行為。自己否定、無価値感。
心理学者や精神科医ならば、私の通ってきた道を、千の言葉、万の言葉で表すのだろう。
けれども、きっかけがどうであれ……、大きな声で泣いて、怒って、笑って――全身で駆け寄る子どもたちが、私は何より好きだった。
それは、忘却や虚実の生活とは無縁の、暖かな思い出だ……。
――里わの灯影も 森の色も
……――。
――田中の小道を 辿る人も
……――。
深く俯いた私の耳に、幻想の歌声が、二番を紡ぎはじめる。
冷たいガラス窓に身体を預け、暖かな記憶にたゆう私の耳朶を、優しくくすぐる声。
ふらりと、身体が動いた。
――蛙の鳴く音も
――鐘の音も
本当に聞こえるはずが無い、美しく、懐かしい故郷の歌。
けれども、私の知らない二番は、脳裏からではなく……、耳から聞こえる。
その不可思議な幻聴に、御伽噺の姫君が決して糸車から逃れることができなかったように、無意識に風上を、その歌声の主を求め、足を進める。
私の行動を諌めようとした、数少ない女性たちを、どうやってかわしたかも覚えていない。
次第に大きくなる歌声だけをもとめ、いつしか私は走り、――ひとつの扉を解き放つ。
「――…!!……、…!――。」
そこは、私の部屋と鏡の世界のように、全く同じ作りの部屋。
部屋の窓辺に立つ、驚いた表情の信者の女達の姿。
そして、私と同じ白いローブ、女性の背中と、黒い髪。
――さながら霞める
窓辺に立つ、もう一人の私が、歌いながら――ふと身体を震わせ、ゆっくりと振り向く。
「おぼろ、月夜。」




